すべての花へそして君へ③


 そして、何を頭の中で考えたのか。整理したのか。
 少し時間を空けた彼は、再び作った笑顔を剥がし、ゆっくり項垂れるように頭を垂れた。


「……一つ、訊かせて欲しい」

「ほい、何でしょう?」


 けれど彼は、決して失望や悲しさに打ち拉がれているわけではなかった。


「何故、信じられる」

「…………」

「リスクがあまりにも大き過ぎる。誰だってわかることだ。それなのに……」

「どうしてあなただったのか?」

「…………」

「ふふっ。さて、どうしてでしょう」


 ✴


 あの時の答えは、まだ出てない。
 腐りきった世界を変えられる? 歪み、蔓延る黒から救える? 一縷の光? 


【一昨日来やがれ?】


(彼女が求めているのは、そんな言葉じゃない)


 たとえそれが俺の本音であっても。彼女は何度だってそれを否定するだろう。『は?』って。かなり本気気味に。
 そして次同じこと言ったらマジで解雇される。自信がある。

 なら答えは何だ? 彼女の求めているものは? 俺に、何と言って欲しい……?

 自分の中にあるものなのに、その答えをまだ、俺は見つけることができないでいた。


「……早く、春にならないかな」

(葵ちゃん……?)


 答え探しに焦り彷徨った目線は、ふと、彼女の視線の先に行き着く。
 側の花壇に、積もっていく雪。そこには何故か、季節外れの小さな小さな花が咲いていた。


「……花」

「え?」


 その光景が、自分の中にある何かと重なって。
 気付けばもう、溢れていた。


「……君なら、咲かせられると思った。一輪でも百輪でも」

「…………」

「数え切れないほどの花が、咲かせられる。君なら。君となら」

「……ふっ、……あははっ」


 体を折り曲げながら大爆笑している彼女を見て、はっと冷静になった。……俺は今、何て言った?
 そのまま転げ落ちるように車から出た彼女は、運転席の横まで来て嬉しそうに笑っていた。正気に戻った俺は、すぐさま先程の発言を取り消してもらうようお願いした。


「……ごめん、今の忘れて」

「え。嫌ですけど」


 ま、真顔でバッサリ切らなくても……。


「だって、今の本音でしょう? 誰のものでもない、シズルさんの」

「…………」


 どうやら俺としたことが、だいぶ彼女に毒されてしまったらしい。
 あんな言葉、自分が言ったと思い出すだけで、尋常じゃないほどの寒気がするというのに。


「……うん」


 溢れ出た言葉に、嘘は1ミリだってなかった。


「シズルさん」

「……ん?」

「わたしもね、そう思います」

「…………」

「本当ですよ? 笑ってしまったのは、ビックリしたから。驚いちゃったからです」


 ――だから、“落としにいった”んですよ。それはもう本気で。