「……?」
「あ、ごめんね」
ぎこちなく、服の裾が引っ張られる。目線を下ろすと、自分よりも少し小さな少年が、不安とそして小さな希望を瞳に宿し、こちらを見上げていた。
屈んでその子に目を合わせてから、わたしは満面の笑みを返し手の平に乗った温かい花を、そっと大事に握り締めた。
《それじゃ、帰ろっか!》
いつの日かこの手の中に、暖かな春が訪れますように。……そんな願いと一緒に。
今までずっと気を張り詰めていたのだろう。つい先程、こてんと夢の世界へと旅立ってしまった少年は、わたしなんかの手を握りながら、今は隣でとても穏やかな。幸せそうな顔で眠っている。
目元にかかる長い前髪を払ってやると、長いまつげが震えくすぐったそうに身を捩る。それが可愛くてついほっぺたをつんつんと突くと、うーん……と言いながら此方に擦り寄ってきた。
涎と鼻血が出そうになった。今日も一日、良き日だった。うむ。
「ティッシュなら目の前の扉に収納してあるからねー」
「ねえシズルさん」
「ん? どうしたの」
「今だからぶっちゃけちゃうんですけど」
「そうやって切り出す場合、あんまりいい話じゃないって相場が決まって――「ぶわっくしょい!」……うん、何かな」
「おおすごい。この子大物になるね」
つい、思わず我慢しきれなかった大きなくしゃみに、少年は未だぐっすりと眠っている。
その可愛い寝顔に小さく笑いながら、わたしは彼の質問に成る丈優しい声で答えた。
「嘘を吐いていたんです」
「……嘘?」
「はい。シズルさんに」
「…………」
――――――…………
――――……
『チッ。どうやら馬鹿が余計なことをしたようだ』
『余計なこと、ですか』
『ああ。……チッ』
『い、いつになく不機嫌ですね』
『…………』
『……ふむ、悪い状況になったってことはわかりました』
『悪いで済めばいいがな』
『済むんじゃないんですか? 多分。……きっと?』
後ろ手に手を組みにっこりと笑うと、先程よりも機嫌が悪そうに手元から目線が上がってくる。
『……貴様』
『そこで一つ、提案があるんですけど!』
『駄目だ』
『まだ何も言ってないですう』
『第六感が拒否している』
『まあまあ、そんな大した話じゃないですよ。聞いて驚く素敵なアドバイスです! きっと!』
『駄目だ』
『だから、まだ何も言ってないですってば』
『危険なことは許可できない』
『全くもって危険ではないです!』
『基準が違う』
『わあーだからってもう耳塞がないでくださいよ!』
『………………何だ』
『すっごい嫌そう』
『聞いてやるだけ聞いてやるんだ。喜んでもらいたいものだが』
『はーい、すみませんでした。それで、これはわたしの勝手な独り言なのですが』
『許可なくもう既にする気じゃないか』
『この件、わたしに一任してください』
『……全く、君という子は』
『それでは! 今日も一日元気に行ってきまーす!』
――――――…………
――――……



