二人ともお互いのこと考え過ぎ。遠慮し過ぎ。少しのアピールくらいしたっていいと思うんだけど。葵ちゃんにいたっては女の子なんだし。
 ま、却下された以上何も言わないけどさ。


「それはそうと、そのドレスは? 葵ちゃんが準備してたの?」

「……? これはプレゼントで」

「ほうほう……って、誰から」

「父です。勝負服にしなさいって」

「勝負服、ね」


 下心がないセンスがいいと思ったらそういうことか。
 でも、確かに勝負服。去年着ていたドレスよりも、よっぽど品がある美しい“紅”だ。


「差し詰め、お母さんは勝負パンツと言ったところか。なら今日の葵ちゃんは中から外まで赤色か。わお」

「独り言漏れてますよ」

「じゃあ俺が贈ってあげよう」

「いりません」

「冗談冗談。でもごめんね、結局プレゼント用意できてなくて」

「え?」


 仕事が忙しかったのも理由としては勿論あるんだけれど、やっぱりちょっと、金銭的な意味で。
 彼女の周りの人たちって、無駄に金持ちの人が多いんだもん。学校が学校だからだけど。


「いりません」

(それはそれでなんか傷付く……)

「というかもうもらってます。いつも、たくさん」

「……葵ちゃん」

「それに、謝るのはわたしの方ですから」

「葵ちゃん、それは言わない約束」


 シズルさん――そう呼ぶ優しい声色に、バックミラーで彼女の表情を窺う。彼女はまだ、窓の外をじっと見ていた。


「覚えてますか? あの日のこと」

「勿論」


 寧ろ、忘れたくても忘れられない。
 ついさっきだって思い出していたくらいには、あの日のことは俺にとって、衝撃的でそして運命的な出来事だったんだ。
 彼女もまた、あの時のことを思い出しているのだろうか。

 それは、とある少し大きめな仕事に方が付いた時だった。


 ❀ ❀ ❀


 大きく息を吐き、いつものように番号を呼び起こす。けれど今日は指が震えて、なかなかその人が出てきてくれなかった。


「……――もしもし」


 電話先の主は、それだけで十分に理解をしたらしい。平静を装ったつもりだったけど、そんなにわかりやすかっただろうか。


「……はい。すぐ戻ります。詳細はその時に」


 束の間の沈黙後、静かに電話は切られた。その沈黙は、僅かに喜びが滲んでいた。
 そんな些細な機微さえ気付いてしまうくらいには、どうやらこの人と過ごした時間も随分と長くなってしまったようだ。大事な恋人はほっといてるくせにね。