『どちらかと言えば、オレが謝らないといけないんだし……』とどもる彼は、なんだか普段のヒナタくんに見えた。
 それが少しだけやっぱり嬉しくて、思わず彼に擦り寄った。

 上からは、“どうしたの?”と、小さな音が優しく降ってくる。


「今のヒナタくんには、まだお仕事のこととか言えないの。ごめんなさい」

『……』

「だから、今のヒナタくんにしか話せないこと、話してもいい?」

『……よく、わかんないけど』


 体調と相談して、つらくなったら途中でもやめること。
 それを優しく条件に出してくれたヒナタくんに、わたしは小さく頷いた。

 そして話をしたのは、勿論あのこと。夢の中だから話せる、内緒話。


「……と、いうことがありまして」

『…………』


 ヒナタくんは、話の序盤からすっかり頭を抱えていた。


『じゃあ何、稽古の内容はあんたに筒抜けだったと』

「ぜ、全部じゃないよ?」

『あんたに何がバレてないのか、寧ろオレはそっちの方が知りたいよ』

「……あははは」


 なんだか夢ヒナタくん、エンジンがかかってきたなあ。
 でも、ずっと内緒にしていたことだったから、それだけでも言えて少しほっとしている。勿論、現実のヒナタくんには内緒を貫き通すつもりでいるけれど。


「隠し事は、もうしたくなかったんだ」

『……さっき、今のオレじゃないと話せないって言ってたけど……』


 それって、今風邪引いてることと何か関係があるの。
 そう訊かれて、わたしは一瞬考えてから笑って誤魔化した。


「それじゃ、そういうことにしておこう」

『何それ。気になるんだけど』


 言うまでもなく関係はないけれど。でも、今こうしてヒナタくんとお話しできてる幸せな夢が見られているのは、もしかしたらこの風邪のおかげかもしれないから。
 その方が、なんだか素敵だからよしっ。


『それじゃあ、他に今のオレにだけ言えることは。なんかあるなら聞いとくけど』

「えーっと。それじゃああと一つだけ」

『まだあるのかよ……』

「覚えてるかな? 稽古を始める前に、ミズカさんが言ったことなんだけど……」


『それは覚えてるけど、オレなんか言っ――』初めは首を傾げていたヒナタくんだったが、そこまで言いかけてからそれはもう勢いよく立ち上がった。


『ごめんオレ急な用事ができたから帰るわそれじゃ』

「えっ! ま、待って……!」


 一目散に扉に向かったヒナタくんは、すんでの所で捕まえた。
 でも、いつもならわたしには敵わないと諦めはいいはずなのに、今回はどうにかこうにかわたしの手を外そうともがいてくる。多分、10cmくらいは服が伸びた。


『離して』

「い。いかないで」

『……あのさ、少しはオレの気持ちも考えて』

「帰っちゃ、いやだよ……」

『……あおい』

「まだ、……もうちょっと一緒にいたい」