……そんな彼に、わたしは小さく笑った。それを見た彼は、驚いたように目を瞠り、わたしの手にそっと触れる。


『……どうしたの』


 笑ったつもりだった。笑えたと思っていた。
 ……でも、やっぱり笑えていなかった。


「……ううん、なんでもない」

『何でもなかったらそんな顔しないよね』

「そうだね。……そうだと思う」

『言えばいいでしょ? 何で言わないの、何を溜めてるの』


 たとえ願望でも、やっぱり違う。
 彼が何かを言う度に、彼が何かをする度に、少しずつ小さな亀裂を生み出していく。


「……言っても、何にもなんないよ」

『やる前から諦めるの』

「……そういう、嬉しいこと言わないで」

『だったら言ってよ。心配だから』


 ヒビが入って、修復して、またヒビが入って、修復して……。
 恐らく、現実の世界に戻れという合図なのだろう。


「……今のヒナタくんに言っても、どうすることもできないよ。何も変わらないよ」

『何でそうやって決めつけるの』

「決めつけてない。わかるんだよ。……だから、あなたは何も言わないで」

『……あおい』

「その代わり、もう少しだけわたしに触れてて。離れないで」

『……わかった』


 でも、もう少しわたしは、この世界にいたい。まだ、言えてないことがあるから。

 結局、小鍋の半分も、お粥は食べられなかった。無理して食べようとしたけれど、無言の圧力には勝てず。あっけなくお粥は下げられてしまった。

 改めてベッドに腰掛けたヒナタくんは、何も言わずわたしの手を取り直し、腰をそっと引き寄せた。
 触れ合った場所から伝わるぬくもり。大好きな彼の、お日さまの匂い。それが一緒だったことに酷く安心して、小さく吐いた息とともに涙も静かに伝っていく。


「……ひなた、くん」

『ん?』

「……っ。ひなたっ。く……。ひっく」

『……うん』


 かなり情緒不安定だなと、自分でも自覚はあった。彼もおかしいと思っているだろう。
 それでも、夢の中できつく抱きしめてくれる彼の腕が、今はとても有り難かった。


「……言わなきゃ。いけないことが……」

『無理しなくていい』

「無理じゃないよ。……これは、今のヒナタくんには知っておいて欲しいから」

『……仕事のこと?』

「あ、……ううん。違うの。……ごめん」

『いや、謝る必要は……』