『それじゃあちょっと待っててね、温め直してくるから』


 さっきは、目を閉じた次の瞬間、場所が移動していた。もしかしたら、その扉からヒナタくんが出て行った瞬間わたしは目が覚めて、もう素敵な夢の続きは見られないかもしれない。


『……っと。どうした?』


 そう思ったら、立ち上がった彼の服を、思わず掴んでいた。


「あ、あっためなくていい……」

『え。……いや、でもそれは』

「だったら、今お腹空いてないから」

『盛大に腹の虫鳴いてたけど』

「じゃあ、わたしが食べに下りる」

『ダメ。あんたはここにいて』

「……じゃ、じゃあすぐ戻ってきてくれる?」

『……あおい』

「おねがい」

『…………』


 縋り付くわたしに、彼は小さくため息をついた。
 そして、ベッドに膝をついたかと思ったら、わしゃっと頭を撫でられる。


『だーめ。病人に冷めたご飯食べさせらんないでしょ』

「でも……」


 聞き分けのないわたしに、彼はもう一度優しく、頭を撫でた。


『すぐ戻るよ。だから、いい子で待ってて』


 大事なスマホをわたしの手に握らせた彼は、そう言って部屋を出て行った。
 ……不思議と寂しさは感じない。彼がいつも肌身離さず大切に持っているものを、預けてもらえたという安心があったからか。
 寧ろ小走りで階段を下りていった音を聞いて、卵粥を食べるのが楽しみで仕方がなくなっていた。


「おいしい~! こんなに美味しい卵粥、わたし初めて食べたよ!」

『はいはい、叫ぶとまた熱上がるよ』

「だって、ヒナタくんもそう思うよね?」

『思わない』

「またまた~。謙遜しなくてもいいのに~」

『オレが食べたやつの方が、よっぽど美味しかった』


『味付けは濃いめにしたつもりだったけど、もうちょっと味噌が効いてた方が近かった気がするし、あと……』と、作り方の復習をしている彼はスマホのメモ帳と睨めっこをしていた。