彼女の手を掴むことができなかった手のひらを見つめながら、ぽつりぽつり。小さく本音と弱音をこぼす。
「ねえアイ。オレが力をつけたいと思ったことは間違ってたのかな。どうやったらオレは、あいつの隣にいられるのかな」
『……あおいさんは? なんて言ってたの』
「『あんぽんたん』って言って笑ってた」
『ああ……それ、高確率で本気のお怒りモードだ』
「だよね。……そうだよね、やっぱり」
『……連絡は? 取り合ってるんでしょ?』
声でわかるほど落ち込んだオレに、気を遣って話題を振ってくれるけれど、それには頭を振りながら答えた。
『まさか、連絡も取り合っていないなんて』
「本庁に行ったあと別の仕事が入ったらしいね。家には」
『帰ってきてない。ってことは、ずっと仕事詰め? 社畜じゃないかこれじゃ』
「……アイはさ、あいつがなんで仕事してるのか知ってる?」
電話先の彼は、一度頭の中で整理するだけの間を置いた。
『始めた理由まではっきりとは。君らの文化祭が終わった日に、仕事が忙しくなりそうだって連絡はもらったけど』
「オレには叫び声しか残していかなかったよあいつ」
『でも、聞くだけ野暮だと思ったのも確かだよ。それは、君が一番よくわかってるんじゃないの、九条くん』
「……そうだね」
だってあいつは――――
【君のためを想って、彼女は選んだ】
……そう言っていたんだから。
『九条くん。本当にこのままでいいの』
「いいわけないよね。だから相談してるんだよね」
『え? これって相談だったの?』
「だってオレ、アイしか相談相手いないし」
『……そっか。友達少ないんだね九条くん。酷いこと言ってごめん』
「違うから」
さすがにまだ、みんなが事情を知っているわけではない。全部を知っていないと、誰かにすべてを相談できるような内容じゃない。それは――――
【弟くんにだけは教えておいてあげる。誰かからもし“命を預かる”という言葉を聞いたなら、それは決して“守る”という意味ではない。このこと、よく覚えておくといいよ】
…………アイだって一緒だ。
「ねえアイ。オレが、やっぱり間違ってたんだよね」
『それは違うと思うよ。君を庇うとかではなく』
「……でも」
『彼女の運命の、寂しさから怖さから、逃げることだってできたんだ。ただ待つことだってできたんだ。でもそれを、君は選ばなかったじゃないか』
「……ん」
『だからね、もう一度ちゃんとあおいさんと話した方がいいよ。自分の思い全部、彼女に伝えてみなよ』
連絡は、全く取り合っていないわけではない。寝静まっている真夜中に一度だけ、向こうから一通のメールが届いていた。



