それから彼は、朝日向へと行くのも時間の問題だと。自分が署名したように偽造された書類など、いつでも作られてしまうからと。そう、教えてくれた。
「もしかしたら直接接触があるかも知れない。そんなことがないようにしたいと思うけど、編み目をかいくぐって出ていく奴がいるかも知れない」
「……そっか」
「だから、そうなったら絶対に断って。はっ倒してもいいから」
「それはしない」
「……っ、あおい!」
「アオイちゃん……」
彼の張る声に、みんなが一斉にこちらを向くけれど、わたしはそれを一切気にはしなかった。
「向こうが皇として。“葵”ではなく“朝日向葵”に話を持ちかけているのであれば、わたしは朝日向に泥を塗ることはできない」
「……でも」
「だからね? 考えておきますねって言っておくよ。そうしたら、もうシントが一生懸命悩んで止めなくてもいいでしょ? 朝日向に話が行ってさえいれば、皇も少し落ち着くと思うしっ!」
「俺は、……そうしたくないんだって」
そうやって、少しだけ悔しそうに、つらそうに顔を歪めるシントだったけれど。
「どうして? わたしが苦しむから? いやいやいや。 だって、シントには申し訳ないけれど、わたしの返事なんてもう、わかりきってるでしょう?」
正直、朝日向の立場からしてみたら、彼との縁談なんてこれ以上ないほどの物件だろう。わたしが普通に、財閥の娘だけの立場で言えば、まあそう思う。
「でも申し訳ないことに、今のところわたしまだ“朝日向の娘”として公表されていないわけですし、まだ跡を継ぐとか、そんな話もないわけですし。 今縁談がどうこう言われてもね~って感じですよ。今はまあ、一応名前だけ“朝日向”ですが、一般人の“花咲の娘”なのでね?」
だから。もしそうなったときは、ちゃんと対応するから。
「だからシントは、肩の力抜いて。余計なこと考えないで。後はあおいさんに任せてみなさい」
「……俺、は」
大丈夫だよ。君が、わたしのためを思ってくれてるのも、十分わかってるから。伝わってるから。
「だから申し訳ないけれど、わたしのこれからの未来でずっと隣に立っていて欲しいのはただ一人で――……」
……あ。
「……ん? 葵? どうかしたの」
そう言いかけ、目を見開き、口元に手を、そっと当てる。……そっか。
「……。ううん。何でもない」
その問いに、またわたしは、ただふわっと笑って返すだけにしておいた。



