「――い? ……あさひなあおいさーん」
「はっ!! はーあーいー?」
「涎垂れてる」
「うえっ!? うそ!!」
「嘘」
「もうっ!」
花咲と朝日向の間でわたしが決めたこと。ひとつは、名前だ。
お隣に座っていらっしゃる彼が言ってくれたとおり、わたしは今、朝日向葵と名乗っている。花咲のお二人も納得済み。
(……これだけはね。譲れなかったんだ)
名前を呼ばれるだけで、必ず頭を過ぎるもの。
「なんかにやついてたから」
「え? ……そう?」
「うん。だから、何考えてたのかなーって」
「気になったんだ」
「……なんか、面白くないなーって、思って」
「ふふっ。ヒナタくんのことだよ?」
「今日明日明後日晴れだって。よかったね」
「うんっ。よかったね?」
「……もう。笑わないでよ」
「嬉しかったんだもんっ」
大切な本当の名前であり、彼の努力の結晶。っていう理由ももちろんあるけれど、彼を近くに感じられるから。そんな理由は恥ずかしいからみんなには内緒だけどね。
「また危うくミズカさんとカナタさんに酒飲まされそうになったんだけど」
「みんなヒナタくんが大好きなんだよ」
「無理矢理はやめて欲しい」
「でも楽しそうだったけど?」
「……楽しかったから、またお邪魔する」
「どーぞどーぞ」
そして、家のこと。やっぱりわたしは欲張りだなーって思う。どっちかなんて選べなかったんだ。
生みの親である朝日向。育ての親である花咲。どちらも大切な家族だ。どちらかだけを選ぶなんてこと、できるわけがない。
だから、高校卒業まで。名前は朝日向で。登下校は花咲から。卒業したあとのことはまだ全然考えていないから、今からゆっくり時間をかけて考えさせてもらうことにしたんだ。
(わたしの、本当に勝手な我が儘なのに……)
お父さんが『したいように。やりたいように』なんて言うから。……ふふっ。欲深くなっちゃうよね。
桜まではだいたい片道二時間。でも、通えない距離じゃない。それに――――。



