「……別にね、ちゅーしたくなかったわけじゃないんだよ」
「……ん?」
どういうこと? と、上がってきた視線と至近距離でぶつかり合って、一瞬息が止まった。
「……えっと、ですね。わたしだってキスしたい。でも、ヒナタくんの体の方が大事だから。心配、だったから」
「……ん」
「引っ付いてたいよ? いつだって、ヒナタくんのそばにいたいもん」
別にね、我が儘を言っちゃダメって言ってるわけじゃないんだ。君は、一人の時間が長かったから。
……でも、これからはわたしがいるから。我が儘だって言っていい。どんどん甘えていいんだ。
「けど今は、他にしなくちゃいけないことがあった。何よりも先に。……ね?」
それは、絶対間違わないで。これからも。わからなかったら一緒に考えてあげる。君の支えに、わたしは絶対になってみせる。……わたしはずっと、そばにいるからね。
「嫌だって言っても、離れてなんかやらないんだから」
「……」
「……? 離れてあげないよ?」
「……ん」
小さく返ってきたそれに満足しながら、もう一度頭を拭いてあげようとするけれど。
「……ねえ」
「ん?」
「今は?」
「……え?」
その手は、上目遣いの彼に、優しく取られてしまった。濡れた前髪から見える熱っぽい瞳に。どこか縋るような、寂しそうな瞳に。捕まる。
「……ひ、な」
「今優先してすることは? 何もない?」
教えて……? と。取られた手が、あまりにも熱くて。タオルが落ちた拍子に香った石けんに、クラリと酔ってしまいそうで。
「……さっきとおんなじ」
伸びてきた手は、わたしの頬よりも少しだけひんやりしていて。嬉しそうに、「耳まで真っ赤」なんて言うから、余計熱くなって……。
「だ、ダメ、だよ」
船の中だし。みんないるし。そうやって必死に言葉を並べて逃げようとしても。
「顔は、そうは言ってないよ」
腰へ回された腕に、もう逃げ場をなくす。
「……あ、あの……」
ダメだとわかっていても、目の前の誘惑には勝てそうになかった。……だって。さっきだって。物足りなさだいぶ残して離れたのはそっちなのにっ。こっちは、心を鬼にして先にしなくちゃいけないことを……あ。
「……あおい」
気付いたときにはもう、甘く名前を呼ぶ唇が目の前に。
「ヒナタくん」
「ん……?」
「あった」
「……ん?」
カポッと両手で口を覆ったら「……ん」と不機嫌な目線で訴えかけられる。
いやいや、ちゃんとね? 優先することがあるんだよ?
「モミジさん、見つかったから……」
それだけで何のことかわかったらしい彼は、諦めたのか小さく肩を竦める。まあ、顔付きはあんまり納得してないようだけど。
「一回さ、ほっぺでいいからしてくんない?」
「優先」
「……オレのこともちょっとくらい優先してよ」
「何を……」
「オレの欲望」
「意味わかんないから」
「いいもん別に。今晩寝込み襲いに行ってやる」
「いやダメだから」



