すべての花へそして君へ②


 それからサラさんに連れられみんなのいる部屋に戻ると、みんなから「さっきのスイッチはなんだったんだ」とか「ものすごい痛そうな音が聞こえたけど」とか、怒濤の質問攻めに遭った。
 ……まあ、さらっと。ほんとさらっと、そこだけは流しておいた。


「……それにしてもあおいさん。その、言いたくないかも、知れないんですけど……」

「よく覚えていらっしゃいますねえ? 海なんて、沖へ出てしまってはどこも一緒でしょおに」

「うん! そうだね!」

「い、いや、あおいさん、さらっとそう言いますけれど……」

「さすが葵」

「別に、場所を覚えてたわけじゃないんだよ」


 場所自体はわからない。それにあの日はわたしにとって、とても嫌な記憶だ。
 あれほど、異常な自分を恨んでいた、憎んでいたというのに。……こうして、過去を振り返って。忘れるわけがない自分の頭の中に今、珍しく感謝してるんだから。
 いつ捨てられたのか。そしていつ救ってもらったのか。塗り潰したはずの記憶は、今はもう鮮明に蘇っている。きっと、普通の人はどんどん曖昧になるんだろうけど……。
 その時の気温や風速、波の高さや当時の体重なんかを、わたしは計算した。――そう。事前に計算してきていたんだ。だから、計算は嫌いじゃない。
 何かの役に立てるかも知れないと思った。だから念には念を入れたまでのこと。

“壊れてなどいない舟に乗せられた、ちいさな子ども”“痛んだ舟に重り付きで乗せられた、成人間近の女性”

 どう考えたって、誰が考えたって、この舟の行き先が同じなんてこと、あるわけがないだろう。彼らの計算が間違っていたわけではない。けれど、計算できないことだってある。
 もしかしたら、舟の上で彼女は少しでも浮いていようと、何かしたのかも知れない。それこそ、傷みを埋めようと必死に何かで抑えたかも。

 それに先程も言ったけれど、本当に月が関係しているのかも知れない。そこまでは、さすがのわたしもわからないけれど。でも、その“計算できないもの”が重なって、出会い。すくい。すくわれたものが『奇跡』であり『運命』であったことは、決して間違いなどではない。

 ――神様なんて信じてない。けれど、この度重なった“計算できないもの”がなければ、わたしはすでに、この世にはいないんだ。