「……あおいは、“嬉しい”って、あんまり言わないんだよ。大抵“ありがとう”って言う」
「……言われてみればそうかもしれない」
けど、それのこと? 確かに、あんまり言わないことをわからずに、さっきは嬉しいって言ったけど……。
「さっき自分で言ってたけど、ああいう場面で不謹慎に嬉しいなんて、今まで思ってたとしても絶対口から出さなかった」
「……えっと。ご、ごめ」
「違う! 嬉しかったんだって!」
「えっ?」
「あっ、……っと」
――思わず出てしまった。そんな表情で、少しだけ気まずそうに。恥ずかしそうに、頭をかきながらまた視線を外す。
「……ヒナタく」
「あおいのこと、……全部わかってるわけじゃないから」
「え?」
さすがに、考えてる内容まではわからないよと。大抵当たってるんだけど、それはまあ今は置いておくとして。
「ああいう場面でさ、ありがとうってあおいは言うけど。あおいのことだから、相手にそう言っても自分責めてるんだろうなって」
「ギクッ……」
「……さっきのオレのごめんにも、絶対自分を責めてるんだろうなって」
「え、えっと……。それは……」
やっぱりお見通しらしい彼は、ちょっと凄みながら至近距離でそんな風に言ってくるけれど。ちゅっと可愛くキスをしてすぐに離れていった。
「だからまさか、嬉しいとか。……思われてると思うわけないじゃん」
『僕は言い切りましたからね』そう言いたげに早々に顔を俯かせてわたしの視線から逃げた彼は、「バカバカバカ」とぶつくさ言ってる。
……なんだそれ。なんだそれなんだそれ。
「……まさか、そんなことが嬉しいとか、わかるわけないじゃん」
「……嬉しいよ。嬉しいに決まってるじゃん。隠してばっかだった相手から、本音が聞けたんだから」
「ほ、本音じゃないかもしれないじゃん」
「そこはわかるよ。何年あんたのこと、見てきたと思ってんの」
「わたしはヒナタくんの冗談と本気の区別ができないよ」
「そんなの、そのうち嫌と言うほどわかるようになるよ」
頬に触れた手が異常に冷たく感じるのは、きっとわたしが熱いから。見つめる視線が、熱っぽいから。きっと、……それがうつったんだ。
「……ねえ。今、自分がどんな顔してるか、わかってる?」
つーっと頬を撫でる指先が冷たくて震えたのか。……それとも、もっと違う理由なのか。
「……し、しら、ない」
「ほんとに……?」
……ちゃんと、こっち向いて教えて?
ねだるような声色と指先。待ちきれないのか。ゆっくり焦れったくわたしの指を絡め取り、そんな言葉を紡いだ唇がそこへ触れて、軽く音を出す。
「……っ、ひな」
ただ“早く”と。頬に触れていた手が、甘えるように唇をひと撫で。そして流れるように弱い耳を通って、下へと下りていく。
「あっ。……や、やだ」
どれだけ手先が器用なのと。首元のボタンに手をかけ始めた彼を、慌てて止めるけれど。
「ねえ。あおい」
ただ“教えて”と。するりと抜けていった手が太ももに触れた瞬間、睨むように彼を見上げた。



