そして、無事にほとぼりも冷め、再び例の部屋の前まで戻ってきたわけだけれど。
(……ヤバい。思い出しただけでヤバい)
マシュマロみたいな唇は、やわらかくて飛び切り甘くて、オレの柔な理性なんか簡単にぶっ壊す、言うなればもう兵器だ。
せっかく落ち着いたのに思い出しただけでこんなだし……見た瞬間触れた瞬間、どうなることやら。
(しかも、限界だったからほぼ言い逃げみたいになったけど……)
オレ、あいつ寝てなかったら多分本気で引っ剥がすよ。落ち着いてたのがまた戻ってきたし。完全復活も間近だし。みんながいるとか、そんなのもう関係ないよ?
(……落ち着けオレ。大丈夫だオレ……)
体調は、もう大丈夫だろうか。
すぐに頼ってもらえるような……それこそ、カエデさんみたいな頼りがいのある男に、なりたい。
(……強く。もっと――――)
それから、自分に“頑張れ”と気合いを入れたオレは、精神統一をしてから部屋の扉を開けたが。覚悟を決めて入った部屋の中には、人の気も知らないでとても気持ちよさそうに眠っている彼女がいた。暑いのか、少しだけ布団を蹴飛ばしている。
(……もう、またお腹痛くなるよ)
近寄ってそっと布団を掛けると「んん……」と洩れる小さな声。起こしてしまっただろうか。
慌てて覗き込むと、彼女はだいぶ寝ぼけているのか、目は開いているようで開いていないような……なんだかふわふわしていた。
「あおい? ごめん、起こした……?」
「……ひ、……くん……」
「うん、寝てていいからね。って言っても、あとちょっとしか寝させてあげられないんだけど……」
「……と、か……た……」
「え?」
どうやら完全に寝ぼけているらしく、そう言いながら彼女は、なぜか知らないけれどオレに抱きついてきた。
「えっ。ちょ、あおい……」
「や、……と……。かえって……、た……」
さすがに離れようと思ったけれど、ガッチリと回された腕はびくともせず……。彼女は抱きついたまま、また気持ちよさそうにスヤスヤと眠りについてしまった。
「……起きてビックリしても殴んないでね。オレのせいじゃないんだから」
そう言いながらも、嬉しい気持ちは変わらない。『やっと帰ってきた』と、オレの帰りを待っていたのだから。
「おやすみ。もう少ししたら起こすけど……それまで」
オレも軽く彼女に腕を回し、ほんの少しだけ引き寄せた。
そうしたら、少しだけ。本当にわずかだったけれど、彼女の頬が嬉しそうに緩んだ気がした。
(……背中は、見たくないんだ)
ふとした瞬間に、虚無感が襲ってくる。
どうやったって、こればかりは“変えられない”んだ。



