そうやって笑いながら。
「――だったら尚更、きちんとお金は払うよ」
彼は、綺麗に広がった長方形の紙パックを、指二本で縦に持った。
「もし普通の紙パックのお茶を投げたとしても、それぐらいじゃあ……まあ痛いかもしれないけどそれだけだよね? まあ、角に当たったらもうちょっと痛いだろうけど、でも多分それだけ。だって、ただの紙パックなんだから。そうでしょ?」
……なに、を。
何を言っているんだ、こいつは。
「でも今、俺が持っている紙パックはどうなってるかな? さっきよりも、ちょ~っと“危ない”よね?」
……こいつは今、何をしようとしているんだ。
指に挟むただの紙パックを、うっすら笑みを浮かべながら見ているこいつの、見えていない向こう側の横顔が、オレには不気味な笑みを浮かべているように見えて……。
手に汗握りながら、こいつとは反対側へと重心をかけながら距離をとろうとした。そのときだった。
「あ。葵ちゃん出てきたみたいだよ」
タイミング悪く、向こう側から彼女が歩いてくる。
そちら側へと向いた背中でさえオレには、狂気で満ちているようにしか見えなかった。
「俺、実はダーツとか趣味でやっててね」
嫌な予感がした。
……嫌な予感しかしなかった。
「弟くん、なんだかそわそわし始めたから気付いてないだろうけど、この紙パックにある仕掛けをしたんだ」
そうして振り上げようとする腕を、オレは思わず手首を掴んで捻りあげていた。
「あんたさ、大人のくせにわかんねえのかよ」
「ん? 何がかな」
「ゴミはゴミ箱入れるんだよ。ポイ捨てすんじゃねえよ」
「う~ん。やっぱり詰めが甘いなあ」
「……何を」
――でも、確かにそうだったのだろう。
「っ、ちょっ!!」
「恐らく“それ”は、君の中になかったわけじゃない。けれど無意識のうちにその選択肢を外していたよね。まあ別に悪いことじゃないよ。君がそれだけ、優しい人たちに囲まれている証拠だから」
でもそのせいで、君には大きな隙があるんだよ――と。
彼はさっさと持ち替えて、そのまま左手で彼女目掛けて投げてしまったのだ。



