すべての花へそして君へ②


 けれど、また深く俯いてしまった彼に、どうしたものかと俺は再び悩んでいた。
 言い過ぎただろうか。でも、これだけ言ってもなかなか踏み出してくれそうには……。


「……こ」

「え?」

「こ、今年中……には、言うから……」

「……」


 深く帽子を被って逃げている彼から、そんな声が聞こえたような気がしたけれど……。


「いや遅いからね。せめて夏が終わるまでとか」

「やだ」

「い、いやさあのさ、あおいさんもいろいろ考える時間が必要だろうと思うから……」

「あいつの誕生日までは、……それまでは絶対言わない。言いたくない」


 帽子のつばを掴んでいる彼の手は、ほんの少しだけ震えていた。
 きっと彼にとって、彼女の誕生日はとても大事なことなのだろう。大事に、してあげたいのだろう。

 だからこれが、今の彼にとって最大限の譲歩なんだ。


「わかった。でもさすがに今年中だと残った時間が短すぎるから秋にしよう。冬に入る前の、日の入りの時刻が早くなる頃」

「……」

「君もつらいだろうけど、話を聞かされたあとのあおいさんの気持ちにもなってあげて」

「……うん。わかってる」


 そう言うと、やっと彼は顔を上げた。……なんともまあ情けない顔だ。


「言ったら終わりじゃないよ九条くん。言わないとはじまらないんだよ。……はじまらないと。あおいさんも、九条くんも」


 一緒にその気持ちを抱えるのは嫌だけど、話なら聞いてあげられる。
 苦しくなったら言っておいで? まあ“稽古の時”にでも。だから、溜めるのだけは無しにしよう。

 君が、あおいさんに言ってきたようにね。


「でも、アイに迷惑かける」

「うん、すっごい迷惑」

「え……」

「だーかーら。一刻も早く、あおいさんに言ってあげて」

「……」

「もし今年を過ぎてもまだ言ってなかったら、1月1日になった途端に俺が言うからね。約束もチクるからね。あおいさんに怒られちゃえ」

「わ、……わかったよ」

「よし! 言質はとったからね!」


 ……ねえ、九条くん。
 こんな、本当にありきたりな言葉しか出てこないけど。


「頑張って。大丈夫だよ」


 でも、そんな俺の言葉に彼はほんの少し頬を緩めて、小さく頷いてくれた。

 それから、みんながいるであろう甲板へと歩みを進める。
 そして出るや否や、彼は海のどこかにいる彼女の姿を捜していた。過保護だなあ。

 ……でも、そうなるのも無理はないんだ。


『……っ……』

『大丈夫?』

『あー……うん。ちょっと、大丈夫じゃない、かも……』

『……もたれ掛かって。ゆっくり深呼吸して』

『うん。ありがと……』


 この場所に近づいた途端、彼女の様子がおかしくなったから。
 急に気分が悪くなったのか、顔色もちょっと悪かった。恐らく、あのあおいさんが素直にそう言うほどには、体調が悪かったのだろう。