けれど、また深く俯いてしまった彼に、どうしたものかと俺は再び悩んでいた。
言い過ぎただろうか。でも、これだけ言ってもなかなか踏み出してくれそうには……。
「……こ」
「え?」
「こ、今年中……には、言うから……」
「……」
深く帽子を被って逃げている彼から、そんな声が聞こえたような気がしたけれど……。
「いや遅いからね。せめて夏が終わるまでとか」
「やだ」
「い、いやさあのさ、あおいさんもいろいろ考える時間が必要だろうと思うから……」
「あいつの誕生日までは、……それまでは絶対言わない。言いたくない」
帽子のつばを掴んでいる彼の手は、ほんの少しだけ震えていた。
きっと彼にとって、彼女の誕生日はとても大事なことなのだろう。大事に、してあげたいのだろう。
だからこれが、今の彼にとって最大限の譲歩なんだ。
「わかった。でもさすがに今年中だと残った時間が短すぎるから秋にしよう。冬に入る前の、日の入りの時刻が早くなる頃」
「……」
「君もつらいだろうけど、話を聞かされたあとのあおいさんの気持ちにもなってあげて」
「……うん。わかってる」
そう言うと、やっと彼は顔を上げた。……なんともまあ情けない顔だ。
「言ったら終わりじゃないよ九条くん。言わないとはじまらないんだよ。……はじまらないと。あおいさんも、九条くんも」
一緒にその気持ちを抱えるのは嫌だけど、話なら聞いてあげられる。
苦しくなったら言っておいで? まあ“稽古の時”にでも。だから、溜めるのだけは無しにしよう。
君が、あおいさんに言ってきたようにね。
「でも、アイに迷惑かける」
「うん、すっごい迷惑」
「え……」
「だーかーら。一刻も早く、あおいさんに言ってあげて」
「……」
「もし今年を過ぎてもまだ言ってなかったら、1月1日になった途端に俺が言うからね。約束もチクるからね。あおいさんに怒られちゃえ」
「わ、……わかったよ」
「よし! 言質はとったからね!」
……ねえ、九条くん。
こんな、本当にありきたりな言葉しか出てこないけど。
「頑張って。大丈夫だよ」
でも、そんな俺の言葉に彼はほんの少し頬を緩めて、小さく頷いてくれた。
それから、みんながいるであろう甲板へと歩みを進める。
そして出るや否や、彼は海のどこかにいる彼女の姿を捜していた。過保護だなあ。
……でも、そうなるのも無理はないんだ。
『……っ……』
『大丈夫?』
『あー……うん。ちょっと、大丈夫じゃない、かも……』
『……もたれ掛かって。ゆっくり深呼吸して』
『うん。ありがと……』
この場所に近づいた途端、彼女の様子がおかしくなったから。
急に気分が悪くなったのか、顔色もちょっと悪かった。恐らく、あのあおいさんが素直にそう言うほどには、体調が悪かったのだろう。



