「……え」
「あ、ごめんヒナタくん。理事長のところ行くついでにさ、そこの塀のこと伝えといてくれる? わたしの出世払いってことでひとつ」
よろしくねと、言ったと同時に彼の真横で埋まっていた缶コーヒーが、パラパラ……と音を立てる石屑とともにカラン軽い音を立てて落ちた。
「…………」
「ああ、ごめんごめん。これでも手加減したんだけどね。すぐに新しい缶コーヒー買ってくるよ」
中身は塀に少しかかり、残りは草木の肥料になってしまったから。
すぐに行ってくるよ。うん、すぐに。取り敢えず、用件が済んだら。
「それでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけども」
「……何」
「先に悪いことをしたのはわたしだから謝っとくね。立ち聞きしました」
「……そう」
それだけで、わたしがきっと何が言いたいのか。訊きたいのかわかっているはずなのに、彼は一度驚いたように目を丸くしただけで表情を変えることはなかった。
……寧ろ、穏やかにさえ見えた。
「だったら、話は早いかもしれないね」
「……なにが、なの」
「聞いてたんでしょ?」
「これほど自分の耳を疑ったことなんてないよ」
「だから、ひと手間省けたなって」
「ひと手間って。……ねえ、ヒナタくん」
そうしてヒナタくんは、沈みゆく夕日を背に、ただやさしい笑みを浮かべた。
やさしい……やさしい、えがお。
笑顔なはずなのに、今にも泣き叫んでしまいそうな……そんな。
そんな、やさしい苦しい顔で笑って、彼は静かに声を落とした。



