「確かこの辺に……」
あ、あったあった。桜の木。さっきまで目の前にあったそれを目印に戻っていると、何やら小さな声が聞こえてきた。
「あ、あの。九条日向さん……ですよね?」
「……そうですけど、もう一般の人への開放は終わってますよ」
どうやら、女性がヒナタくんに声をかけに来たらしい。
どうしてか出て行くのが憚れ、わたしはそのまま校舎の陰に隠れるように姿を消す。
「あの、あたし……」
「生憎ここから動けないので、他の桜生にゲートまでの道案内をしてもらっていただけますか」
(いやいやヒナタくん、そうじゃないから……)
わかっていないのか? さすがのわたしでもわかるのに。……いや、敢えて取り合ってないだけか。
「い、いえその。……九条さんと少しだけ、お話しできたら帰りますので」
「と、言われましても規則は規則ですので」
生徒会の顔になった彼は、彼女に出身校と年齢、名前を聞く。
けれど彼女は、淡々とする彼に臆しないようにと、震える手にぐっと力を込めて、勇気を出してしまった。
「ずっとずっと、素敵な方だと思っていました……!」
「あーそれ誰かと間違えてませんか。オレ素敵だとか思われるような奴じゃないんで。女々しいヘタレのクズ野郎なんで」
(……誰もそこまでは言ってないのに……)
でも、先程ので箍が外れたのか。彼女は続けて言葉を必死に紡いだ。
「昨日の朗読も素敵でした! 今日……は観られなかったのですが」
「……お気持ちは嬉しいですが」
「よ、よかったらお友達からでもいいんです! またあたしと、お話ししてくれませんか……っ?」
「…………」
ここからでもわかるくらい、肩と声を震わせて。それでも彼女は、一生懸命勇気を振り絞っていた。
「はあ。さっきも言いましたけど、オレはそんな奴じゃないですしやさしくもないのでハッキリ言いますけど、友達とか今作ろうとか思ってないんで。100人とか必要だとか思ってないんで。そんなん馬鹿しか考えねえし」
(……ヒナタくん。断るにしてもそれ、完全にわたしに対する嫌みですよね……?)
「……わかり、ました」
「すみません。オレなんかの何がそんなにいいのかわからないですけど、気持ちは有り難かったです」
「じゃあゲートまでの地図を書くんで」と、話を終わらせようとしたヒナタくんだったけれど、それを彼女は食い下がった。
「だ、だったら……! 教えてください!」
「え。な、何を……」
「彼女になれる可能性はっ、あ。あたしがなれる可能性は、ありますか……っ」
「…………」
もしもわたしが彼女と同じ立場だったとして、同じことが言えるだろうか。
考えたところで答えはわからない。そもそも弱いわたしが、大好きな彼にここまで突き放されて、逃げ出さずにいられるかどうか。
きっとまた、あのときみたいに泣くだろう。だからいつも思うんだ。世の女性は強いなと。
「……悪いですけど」
長かったか、それとも短かったか。
恐らく彼女にとってはとてつもなく長い時間が終わり、ようやく彼は言葉を発した。



