すべての花へそして君へ②

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 重たい目蓋を上げると、見覚えのない天井が映り込んだ。
 ……ここは、一体どこだっけ。どうしてあたしは、こんなところで横になっているんだっけ。


「……あ。起きた、ユズちゃん」


 そんなあたしの隣で、彼は本を片手にやさしい笑みを浮かべている。
 願望の顕れなのかもしれないと、ここにいることを思い出すまでは、結構本気で思った。……ずっと、ずっと会いたかった。


「まだちょっと顔色悪いね。今、臨時で来てくれてる養護教諭の先生席外してて。どうする? 何か飲む? 食べ物買ってこようか」


 ちょっと待っててねと、どこかに行こうとする彼のシャツに手を伸ばす。
 彼は少し驚いたように一度こちらを振り向いたけれど、やっぱりやさしく笑って、どうしたの? と聞いてくれた。


「……いかないで」

「……ん。わかった」


 しかし、引き留めたはいいものの、何を言って場を凌ごうか。一瞬そんなことを考えていたけれど、特に会話は要らなかった。
 静かな保健室。遠くの方では、文化祭の賑やかな音。少し開けた窓から漂ってくる、美味しそうな匂い。バニラ色の髪が、キラキラと陽に透けて金色に見えた。

 最後にこうして話をしたのは、いつだっただろうか。


「熱海以来だね」

「えっ」

「こうやって話したの」

「あっ……」

「ん?」

「……あたし、も。今おんなじこと……思ってて」

「……そっかー」


 なんか嬉しいねと、本当にそんな顔をして笑ってくれる彼は、どうしてあたしとこんな風に話してくれるんだろう。
 あたしは、彼に酷いことをしていた自覚があるのに。


「正直さ、普通に喋れるか。ついさっきまで不安で仕方なかったんだよ」

「……え?」

「俺のこと、避けてたでしょ? とことん」


 けれど彼は責めなかった。ただ、嬉しそうに笑ってこう言った。


「でも、さっき引き留めてくれたのが自分でもびっくりするくらい嬉しくて。そんなのどっか行っちゃったよ」


 丸椅子に腰掛けて。ほんの少しだけ体を揺らして。満面の笑みで笑う彼は、嬉しそうに尻尾を振る犬のようで。
 とても、キラキラしていた。その純粋さが、あたしにはすごく……眩しかった。