「……あ、ああ! そうそう! あのねあのね、今潜ってたんだけど、一回やってみたいことあるからやってもいい? ていうかやるね!!!!」

「は……?」


 広がっていくそれに耐えられなくて。ほんの少しだけ腕の力を緩めてくれたおかげで見えた彼の表情は、濡れた長めの前髪で隠されていてハッキリとはわからなかったけど。でも、わたしよりも断然苦しそうな彼に、笑っていて欲しくて。
 彼の返事は聞かず、空元気にそう言ったわたしは、腰に引っ提げていたものを一気に引き上げた。


「捕ったどお~!!!!」


 実は結構本気で言ってみたかった▼
 引き寄せてきた網の中には、アワビや伊勢エビ、ウニなんかの高級食材がうじゃうじゃ。それはもう、気持ちが悪いほど。わたしでも思う。


「この辺漁しちゃいけない海域かも知れないから放すんだけどね? いや~。なんかすごい達成感だ! 見せられてよかったー! それじゃあね~。バイバ~イ」


 一個一個見たらとっても美味しそうな食材たちを、網の口を開けて全部放してあげた。……彼女のいる場所を教えてくれた彼らに、何度も何度もお礼を言いながら。


「いやあ、ほんとは海の主っぽい大タコとの対決をお見せできたらよかったんだけどねー。さすがにいなかったよー」

「……」

「でもでも! あんなにたくさん捕れたよ! あれだけ捕れたら、無人島生活も自給自足もできそうだね!」

「……」

「でも、それは生きるためにというよりも趣味範囲にしようかな? おお! 趣味がダイビング? 銛突き? かっこいいっ!!」

「……」

「……ええっと。ひ、ヒナタく~ん。さすがにボケだから。突っ込んでくれないと。いつもみたいに……」

「……」


 けれどやはり彼は無言で。ただわたしのことを、小さく震える腕で抱き締めている。


「……どうしたの? 何があったの? 教えて?」

「……」

「どうしてここまで来てくれたの?」

「……」


 ヒナタくんが皆さんに迷惑を掛けるようなことはしないはずだから……。


「もしかして、わたしが今、危なかったりとかしたのかな?」

「……っ」


 ……そうか。わたし今、“危なかった”のか。
 何があったんだろ。自分の危機管理能力だけは劣ってるんだよな。他の人のなら察知できるのに。


「ヒナタくんに心配掛けちゃうなんて、ほんとダメダメだね」

「……っ」


 掛け合いっこ。するって言ったけど、こういう、“本当に危ない”のだけは掛けたくないのになあ。


「……それに、すぐ帰ってくるって言ったのにね。こんなことしてるし。わたしは最低だね」

「無事なら……いいっ。許、す」

「……そっか。やさしいご主人様で、わたしはとっても幸せだ」


 そうこうしているとさっきまで乗っていた船がゆっくりと近づいてきて、上から浮き輪が降ってきた。


「アオイちゃーん! 九条くーん! 大丈夫ー?!」


 船の上から心配してくれるサラさんに、大きく手を振って返事をする。


「取り敢えず上がろ? 着替えて、体あっためよ?」


 ぽんぽんと。背を叩いてそう言うと、ゆっくりと腕の力を緩めてくれた彼の顔が、ようやく見えた。


「……っ。 ごめっ……、無理だっ」


 けれどすぐ、顔をがっしり掴まれ。彼に、唇を塞がれる。
 驚きで目が、開きっぱなしだった。
 海水……? ……ううん。見間違い……じゃ、ない。


「……ごめん。いきなり」

「……う、ううん」


 普段通りの声。ゆっくりと離れていった俯いたままの彼に、掠れた声しか出せなかった。