「――ぷはっ!」
「……えっ!? ご、ごほっ! ごほっ」
結構息がギリギリだったから、最後は猛スピードで浮上していったんだけど……え。
「ええっ?! ……ヒナタ、くん?」
なぜか目の前にはヒナタくん。今、息止めて死にかけてたからかな? 幻覚でも見えてるのかな? ……ゴシゴシ。いや、本物だし。
「ゴホッ。……ゴホ」
目の前の彼はわたしの浮上のスピードに驚いて海水でも飲んでしまったのか、何度も咳き込んでいる。
「ごほっ。なに、やってんの……」
喋った。ほ、本当に本物だ。本物のヒナタくんがなぜか。
「それは、わたしが聞きたいんだけど……」
ウエットスーツもライフジャケットも着ないまま。着ていたパーカーすらも脱いで、わたしの水中眼鏡とスーツの頭部分を外してくる。
どうして、こんなところにいるの? なんで、そんな危ない恰好でここまで来たの? どうして、俯いてるの……?
「あのさ。何が、“得意じゃない”の」
「え?」
「教えて」
ぷかぷかと。海の上で浮かびながら、そんな話をするのかい? そ、そんなことよりも、早くヒナタくん船に上がらないと。服のままだし、危ないよ。
「教えて。お願い」
けれど、そんなどうでもいいことを聞きながら、彼は首に腕を回して、むぎゅっと抱きついてくる。
「……寂しくなっちゃったの?」
「……ん」
「わたしがいなかったから、怖かったの?」
「……ん」
……そっかー。そっかそっか。
もう完全に濡れているからお構いなしに。彼が、少しでも安心できるように。必死に抱きついてくる素直なヒナタくんを、わたしもおんなじくらいの強さで、抱き締め返した。
「水はそんなに得意じゃないかな? 陸よりはやっぱり劣るんだ」
「……ねえ、何基準?」
「え? そりゃ基準はオリンピックでしょ」
「……聞いたオレが馬鹿だった」
え? ま、まあね? 海は怖かったけど、ミズカさんに叩きのめされたし、ものすごい勢いであの人泳いで追いかけてくるもんだからさ、泳ぎは速いと思うよ? ……多分、オリンピックの選手より。
「いっそオリンピック出たらいいんじゃないの……」
とか言われる。いやいやでもね? 長時間は気分が悪くなるんだ。わたしが得意じゃないのは潜水。潜るのはね、やっぱり落ちたこともあってちょっと……。
「……ねえ。それも何基準?」
「え? ギネス?」
「はああああ」
ものすっごい大きなため息をつかれた。
そんなー……。正直に話しただけなのにっ。文句ならわたしの基準をそうさせたミズカさんに言ってよー……。
「……はあ」
(ヒナタくん……)
けれど、未だにしがみついてくる彼の腕は弱まらなくて。その必死さに、なぜか胸の中に焦燥が広がる。



