すべての花へそして君へ②

 ――――――…………
 ――――……


 ザバババァアーンッ!!

 大きく潮を巻き上げながら、最短距離で“そこ”へと向かっていく。


(約束したからね。わたしのできる最速で。そして……帰るんだっ)


 正直なところ、覚えてはいてもそれに自信があるとはとても言えなかった。なんせ、この記憶だけは、何度も黒く塗り潰したから。

 徐々に岸から離れていく小さな舟。耳に残るのは、『どうして』『なんで』と。父を母を、必死に呼ぶ声。涙で揺れた、小さくなっていく二人の並ぶ姿。後ろ姿。別々に別れていく姿。
 自分がそうさせてしまったのだと。じゃあ自分の残された道は、一つしかないじゃないかと。

 照りつける暑い日差し。徐々に体力は奪われ、体から水分が無くなっていく。……まわりには海水。舟には何もない。
 生きるための、術はなかった。子どもながらにあった知識さえも、こんな場所ではもはや無意味だ。泳ぐことなどできない。だって、まだ3歳にもなっていなかったのだから。

 次第に思考能力も蝕まれていき、わたし自身が壊れ始める。もう限界だった。体力も……心も。


(最後に心の中で思い描いたのは、みんなで行った向日葵畑……)


 みんなで笑い合った、大好きな思い出と共に。……わたしは、深い深い海の底へと沈んだ。


(遅くなって……ごめんねっ)


 海底の岩場。盛り上がった底に沈んでいた、かつては舟だったであろう木片。ボロボロだったそれは、岩に引っ掛かるようにひとつ……ふたつ。塊であった。
 なぜか浮力に負けなかったそれには、海藻やら海星が付いていて。そして、彼女はたくさんの生き物に囲まれていた。まるで、彼女を隠すかのように……ううん。違うかな。


(ここにいるよって。教えてくれたんだよね……?)


 そしてきっと、彼女が寂しくないように。ずっとそばについていてくれた小さな生き物たちに、たくさんたくさん感謝をしながら。そっと、彼女のまわりから退けさせてもらう。
 見えた彼女を縛っていたものも。括られていた大きな重りも。……ゆっくりと外して。


(あいにきたよ。もみじさん……っ)


 冷たくなってしまった彼女の“手”をそっと取って。今にも折れてしまいそうなそれを、優しく包み込むように握って。


(たすけてあげられなくて。ごめんね……)


 悔しくて。悔しくて。唇が……歪みながら震える。
 ……でもね? 一番言いたかったのはこれじゃないんだ。


(たすけてくれて。……ありがとう。もみじさんっ)


 すーっと一度、彼女の“頬”を撫でて。もう一度感謝を伝えたわたしは、報告のため一度浮上することに。