すべての花へそして君へ②


 熱海。京都。ここ。他数十カ所。
 大学生。今の彼よりは年上。苦学生。

 ……これ以上増やしたら不味いな。ただでさえ、同一人物か? と疑いたくなるくらいキャラブレてるし。


(他の仕事もあるし。【顔】作るのはこれが限界か)


 ダーレカサンと違って、俺は面倒いことは“さっさと忘れる”薄情者、なんでね。



 ――さあ。カウントダウンが始まった。
 選択の刻は……もう。すぐそこだ。

 ひとまず、彼はこれで大丈夫だろう。彼女の方も……様子を見る限り心配なさそうだ。
 彼らがこれ以上【こちら側】へ踏み込んでくることは、もうきっとない。


「……っと。はいは~い。なんッスか~?」


 彼と別れ、タイミングよく鳴った着信の相手は、今大半の勤務時間を割いている勤め先……の、直属の上司。


「話し方ー? だーって、これが一番ラクなんッス。仕事中の大半はこうなんですよー。初めてお会いしたときよりもだいぶキャラ違いますけどーまあ気にしないでくだサイ」


 すると次の瞬間、次の仕事内容が口頭でババババーッと勢いよく伝えられる。
 いやいや、ちょっと待ってくだサイよー。俺、ダーレカサンと違って記憶力にそこまで脳味噌割いてないのでー。

 もうちょっと、もうちょっとゆっくり……!
 あなたもお忙しいのは重々知ってますけど、ノートパソコンが立ち上がるまでの時間くらい、待ってくれても――――


「わかってますわかってます。ちゃんと脳内PCに書き込んでますよー」


 決して、外部に漏れてはならない。
 残ってしまうようなものは残せない。残しては……ならない。今からの仕事は、そういう仕事だ。


「……はい。りょーかいッス~。大丈夫ッスよー。俺が今までヘマしたことあります? ないでしょー」


 この目で、ちゃんと見届けてあげよう。


「んじゃ、失礼しますねー」


 スマホを切り、手持ちの双眼鏡でとある場所を眺める。
 覗いた先には、お互いの手をそっと取り、仲睦まじく歩いている買い物帰りのカップル。……あらあら。楽しそうなことで。


「……ま、微笑ましくていいんじゃない? 俺にはそういう感覚よくわかんないけど」


 せいぜい、今の間に楽しんでおくといいよ。きっともう、こんな幸せな時間は来ないだろうからね。
 君の幸せだった時間は、俺が――……奪ってあげる。



「さーてさてさて葵ちゃん? 愛しい彼とのラブラブタイムがついにカウントダウンだよー」


 君は一体、どんな愚かな結論を導き出すのだろうか。
 君に、大好きな彼を捨てる覚悟があるかな。