すべての花へそして君へ②

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「それじゃあ、お先に失礼しまーす」

「あ。ちょっとだけ待ってもらっても大丈夫ですか」

「え? うん。大丈夫だよー」


 挽き立てのコーヒー豆の香りを纏いながら、バイトの時間を終え上がろうとした俺を呼び止めた眼鏡の彼は、何やら奥の事務所の方へ駆けていった。……何か、あったかな。


「お待たせしてすみません。この間実家に帰ったのでそのお土産です」

「え! そんな、いいのに。却って気を遣わせてごめんね」

「いえ。俺の方こそ大学が忙しくて。なかなかお渡しできなくて」

「ありがとう。……なんだか高級そう?」

「いえいえ、全然そんなことないんで。ほんと、あんま期待しないでください」

「いやいや、いただけるだけで嬉しいから。俺なんて、土産のミの字も出てこない薄情者だし」

「薄情だなんて。そんなこと、一緒に仕事して思ったことないですよ。バイト代で学費とか生活費とか切り盛りして、ほんとすごいです」

「いや、すごくないから。ただの貧乏人なだけだから」


 ふと時計を見ると、結構いい時間になっていた。……急がないと、次のバイトに遅れてしまう。


「……もしかして、これからまだ違うバイトですか?」

「そうなんですー。ほんと、死ぬ寸前まで扱き使われて……」

「え。む、無理しないでくださいね? 倒れたら元も子もないですから」

「もー。俺の上司に言ってやって欲しいよー……」


 ――――あっまいなあ。どいつもこいつもさあ。


【初めまして。新しくバイトに入りました――】
【すみません、入って早々失礼なこと聞くんですけど】
【……はい??】


「……そういえば、桐生くんのご実家って徳島だったっけ」

「はいそうですよ。……あれ? 俺言いましたっけ」

「あれ。何で知ってるんだっけ? もしかしたらマスターと話をしたときにそういう話題になったのかも」

「……え。そもそもなんでそんな話に……」


【あなた、夏に熱海と京都でバイトしてませんでした?】
【えっ!? な、何で知ってるんですか!? ビックリ】
【単刀直入に聞きます。……あんた――――】


「――……と、そんな経緯で」

「マスター……」

「ああ、マスターを責めないでね。元はといえば、興味津々で訊いた俺が悪いんだから」

「いや、別にいいんです。……いいんです」

「わああ、桐生くん。気を確かに……」


【……あんた、一体何者】


 ――――ほんと、詰めが甘過ぎるねえ。


【そ、そんな事情があったとは知らず。開口一番にほんと失礼しました】
【全然大丈夫です。気にしないでください】
【……じゃあ、ここのバイトも?】
【はい。通ってる大学から近いので、思い切って】
【い、いろいろやり過ぎて体壊さないでくださいね】
【ご心配痛み入りますー】


「はああ……見たかったなぁ。かっこいい桐生くんが、初恋で元婚約者の女の子を助けてあげるシーン」

「そんなふわふわしたピンクい感じじゃないですから。ほら、早く行かないと次のバイトに遅れますよ」

「ハッ。そうだった! それじゃあお疲れ様! またシフト一緒だったらよろしくね」

「はい。こちらこそお願いします。お疲れ様でした」