そして……先程出て行った彼女とは、本当に何もなかったらしい。いや、疑ってはないんだよ? ほんとに。
「……え。わたし泣き損じゃない?」
「勝手に勘違いしたんでしょ」
「……報告上がってないよ」
「今朝出したからね急遽」
この空き教室は、どうやらヒナタくんのクラスの材料置き場として利用していたらしい。そういえば、段ボールがいっぱいある。
「匂い……って、もしかして甘い? さっきまでカフェで出すマドレーヌとクッキー焼いてたんだよ」
言われてみれば、そんな匂いかもしれない。服だけじゃなくてヒナタくんの髪からも、甘い匂いがする。
それで、同じ調理担当の彼女と一緒に足りなくなった材料を取りに来たらしい。でも、どうやら在庫はもうなかったみたい。……表向き、成る程。
「いや、ほんとにね? これくらいのちっさい蜘蛛だよ? それの何が怖いんだって話だよ」
そして彼は、指でほんの1センチにも満たないサイズを作った。それに彼女が驚いて、思わずヒナタくんに抱きついてしまったと。
「……すみませんね。そんな可愛げなくて」
「え。今の話でどうしてそうなった……?」
「じゃあ、気が向いたらっていうのは……?」
「あー。……さっきの劇、見に来てたんだって」
どうやら彼女は、脚本家志望らしい。
それで、ここに来る道中、彼のシナリオにあれやこれやといちゃもんをつけていたんだとか。
「ま、まあ、そういう人たちから見たらお遊びみたいなものだろうしね……?」
「しかもいい線はいってるからって、明日の劇のアドバイスまでしてくるし……」
「……じゃあ、嬉しそうにしてたのは?」
「ん? さあ。あんたと話せて嬉しかったんじゃない? 『明日は先輩出るんでしょうね!?』って、ものすごい形相で聞かれたし」
なんだか、さっきまで大泣きしてまでヤキモチを妬いたことが、無性に恥ずかしくなった。
先程の女の子、疑ってごめんなさい。シャツさん……。いっぱい叩いてごめんなさい。綺麗にアイロンかけます。川まで洗濯なんて行きません。
「……ん? どうかした?」
「……ヤキモチ、妬いてごめんなさい」
「え? なんで」
そうとは知らずに、さっきはあんな酷いこと言ったんだ。ヤキモチを妬いたからって、ヒナタくんを傷付けるようなこと、言っちゃいけないのに。
「別に、ヤキモチ妬くこと自体は悪いことじゃない。気持ちを疑われてるなんて思わないよ」
「……! で、でも」
「あおいは、オレにヤキモチ妬かれるの嫌い?」
「えっ? 妬かせないようにしたいなとは思ってるけど……」
「オレは嬉しかったよ。いつも、オレばっかりがヤキモチ妬いてると思ったから」



