すべての花へそして君へ②


 気付いたときにはもう、彼に後ろから抱きしめられていた。


「お、お代がいるとは存じ上げませんで……」

「次はこの程度じゃ済まねえからな」

「こ、こりゃあれだね。もう頼めないパターンのやつだね」

「俺は別にいいぞ。お代弾んでくれるなら」


 さっきはもうやめろとか言ってたくせに。ほんと、調子いいんだから。
 けれど、「このまま聞け」と。次に耳元でそっと囁かれた言葉にわたしは。


「いいか、絶対振り向くな。迷うな」

「つばっ」

「真っ直ぐ。只管にあいつのことだけ思って――」


 ――――ただ、走れ。

 ドンッ――と押してもらった次の瞬間、背中の勢いに任せ、講堂の扉を大きく開いていた。


 ✿


「お疲れ様つばさクン。上手に自分の心に嘘、つけるようになったのかな」


 彼女が出て行った扉から、ひょっこり現れたのは赤い髪。


「……なんだ、いたのか茜」

「ううん。本当に今来たところ。どうなったかなーっと思って様子見に」


「それで?」そう聞いてくる彼に、俺はふっと笑いながら首を緩く振った。


「あらら。でも、それにしてはつらそうに見えないよ?」

「結局は、俺も嘘がつけるような人間じゃないってこと」

「……ん?」

「諦めること自体を諦めたら、案外ラクだったんだよ」


 一瞬、目を丸くした茜だったけれど、そのあとすぐ嬉しそうに顔を綻ばせた。


「おれがシフト替わってあげただけの収穫はあったってことかな?」

「悪いな。助かったよ」

「おれも気にはなっていたからね。……大丈夫そう?」

「応急処置みたいなもんだろ。あとは、葵次第。それから、あいつ次第」

「……そっか。あ、あとねつばさクン」

「なんだよ」


 音なく動いた口の持ち主から、俺は首に手を添えながらしゃがみ込んで逃げた。


“――ものすっごい真っ赤だよ?”


「(……言われなくてもわかってるっつの)」