すべての花へそして君へ②


 すっと外された片手が、頬に近づいてくる。そのまま指の裏でそっと、やさしく撫でられた。


「さっき、引っ張って悪かったな」


 仕草とは裏腹に、どこか素っ気なくて不器用な言い方。
 ……それがおかしかったのか。それとも、言うタイミングがおかしかったのか。


「ううんっ。……ありがとう、ツバサくん」


 それに、お礼の言葉しか出てこなかったのが、おかしかったのか。


「……ん。だいぶ良さそうだな」

「ツバサくんが、吸い取ってくれたおかげだね」

「だといいけどな」

「絶対そうだよ!」


 久し振りに、心から笑った。笑えた。
 ほんと、いつ振りだろうと、思うくらい。自然に。


「……自分じゃない人の体温があったかいから、落ち着くんだね」

「そうだな」

「……また困ったらお願いしよっかな」

「困る前に解決しろ。もう面倒みねえぞ」

「えー! ツバサくんのいけず」

「(こっちは身が保たねえんだっつの)」


 そうだ。大事にしなきゃ。この、保っていられる時間を。
 それからそのあと、一度クラスに顔を出しに行こうという話になったのだけれど……。


「……ツバサくん」

「ん?」


 吸い取ってもらった今の間に。んでもってイベントの力を借りて。勇気を出して、踏み出してみようと思う。


「ちょちょちょ、ちょーっと忘れた人……じゃなくて、忘れ物があるから、先にヒナタく……じゃない。クラスに戻ってて」

「どんだけ緊張してんだよ。嘘つくの下手くそだろ」

「だ、だって、基本嘘つけない人なのわたし!」

「知ってるっつの。……それで?」


 どうやらお見通しらしい彼に、わたしは腕を広げ背中を向けた。


「一思いに! 十数メートル吹っ飛ばすくらい突き飛ばしてくれ!」


 足りない分の一歩を、押してもらいたくて。


「……はあ。これっきりだからな」

「うんっ」


 講堂の出入り口まで、目測30メートル一直線。ここからSクラスのある校舎まで、全速力でおよそ1分半。そこから階段を上がって突き当たりまで、およそ30秒。目標人物とのエンカウンターまで、約2分。それくらいの時間なら大丈夫。きっと、保ってくれる。
 大きく手を広げ、頭の中で彼のいる場所最短ルートを駆けていくシミュレーションをしていた。いつでも準備万端だった。
 ……けれど、後ろからきた衝撃は、思ってもみなかったものだった。


「さっきのお代。もらってなかった」


 衝撃は、あまりにも優しくて、包み込まれるように温かかった。