すっと外された片手が、頬に近づいてくる。そのまま指の裏でそっと、やさしく撫でられた。
「さっき、引っ張って悪かったな」
仕草とは裏腹に、どこか素っ気なくて不器用な言い方。
……それがおかしかったのか。それとも、言うタイミングがおかしかったのか。
「ううんっ。……ありがとう、ツバサくん」
それに、お礼の言葉しか出てこなかったのが、おかしかったのか。
「……ん。だいぶ良さそうだな」
「ツバサくんが、吸い取ってくれたおかげだね」
「だといいけどな」
「絶対そうだよ!」
久し振りに、心から笑った。笑えた。
ほんと、いつ振りだろうと、思うくらい。自然に。
「……自分じゃない人の体温があったかいから、落ち着くんだね」
「そうだな」
「……また困ったらお願いしよっかな」
「困る前に解決しろ。もう面倒みねえぞ」
「えー! ツバサくんのいけず」
「(こっちは身が保たねえんだっつの)」
そうだ。大事にしなきゃ。この、保っていられる時間を。
それからそのあと、一度クラスに顔を出しに行こうという話になったのだけれど……。
「……ツバサくん」
「ん?」
吸い取ってもらった今の間に。んでもってイベントの力を借りて。勇気を出して、踏み出してみようと思う。
「ちょちょちょ、ちょーっと忘れた人……じゃなくて、忘れ物があるから、先にヒナタく……じゃない。クラスに戻ってて」
「どんだけ緊張してんだよ。嘘つくの下手くそだろ」
「だ、だって、基本嘘つけない人なのわたし!」
「知ってるっつの。……それで?」
どうやらお見通しらしい彼に、わたしは腕を広げ背中を向けた。
「一思いに! 十数メートル吹っ飛ばすくらい突き飛ばしてくれ!」
足りない分の一歩を、押してもらいたくて。
「……はあ。これっきりだからな」
「うんっ」
講堂の出入り口まで、目測30メートル一直線。ここからSクラスのある校舎まで、全速力でおよそ1分半。そこから階段を上がって突き当たりまで、およそ30秒。目標人物とのエンカウンターまで、約2分。それくらいの時間なら大丈夫。きっと、保ってくれる。
大きく手を広げ、頭の中で彼のいる場所最短ルートを駆けていくシミュレーションをしていた。いつでも準備万端だった。
……けれど、後ろからきた衝撃は、思ってもみなかったものだった。
「さっきのお代。もらってなかった」
衝撃は、あまりにも優しくて、包み込まれるように温かかった。



