『このあと何か用事ある?』
『え? ……ない、けど?』
『だったら申し訳ないんだけど、お父様に伝言頼んでも大丈夫かな?』
『父に? それはもちろん構わないけど……』
行こうと思ってたし――そう言えば、彼女はパアって花が咲いたように笑っていたっけ。
『ありがとう……! それじゃあお願いします』
『うん。けど、直接会って言わなくていいの? このゲームへの文句とか文句とか文句とか諸々』
『文句なんてとんでもないよ! 【今度はきちんと御祝いに伺います】って』
『それだけ伝えてくれればわかっていただけると思うから』そう言う彼女に驚くと同時、どうしてか僕は、少し残念に思ったんだ。
「お二人って、彼女に自己紹介は……」
揃って首を静かに振る彼らを見て、やっぱり少し残念に思った。さすがに、今度会ったときはきちんと言わせてもらおう。わかってるだろうけど。
付き添いの二人と別れたあと、はあと大きなため息を落とし、目の前の大きな扉をノックする。中からの返事はなかったけれど、鍵がかかっていない扉は今日も簡単に開いた。
「また……いつの間に模様替えしたんですか」
まさかとは思ったけれど、開いたそこは、あのタブレットで見ていた部屋と一致していた。頻繁に模様替えしすぎる父も考え物だ。にしても、当の本人はどこにいるのだろう。声をかけてみても返事はなく、姿は見当たらない。
部屋の中を探してみるけれど、見つけるのは新たに買い足された家具や装飾品、アンティークや剥製、右眼しか見えない仮面など。一体何に使うのやら。
趣味についても考え物だな――そう思っていたとき、カーテンが不自然に膨らんでいるのに気付く。クルクルと回してみれば、なぜか燕尾服を着た父が出てきた。
「……父さん、あなた小学生ですか」
「あ、鷹人くん。お帰りなさい」
「……はい」
けれど、僕の帰りを待っていた嬉しそうな父に、毒気を抜かれて言おうと思っていた文句その他諸々が消え失せてしまった。良いような悪いような。
「そういえば、急患の子犬は大丈夫そうでしたか?」
「あ、はい。ひとまず止血してから、急いで動物病院に運びました。一応このあと様子を見に」
「きっと大丈夫ですよ。鷹人くんが看てくれたんですから」
「……そうだと、いいですね」



