彼が付けた一つ目の赤丸は、きっと誰もが予測していたであろう【有栖川】。二つ目は昔から造船で有名な某財閥。かつての道明寺に匹敵するほどの財力と権力を保持している一族だ。そして三つ目は、その……【道明寺】だった。
「ここ……のはずなんだけどな」
けれど、それらが同時に【百合の名】を語ることは、もう……きっと無い。
「ごめん。もう一度地図見せてくれる?」
ここで目移りなんかしてしまったら本当に迷子になって帰れなくなってしまうため、残念だけど今回ばかりは自分の探究心に蓋をした。だから、パッと見た地図の通りに彼はたどり着いたと、わたしも思う。
「いないね」
「場所は間違ってないはずなんだけど……」
高校を出て少し丘を下った、百合ヶ丘敷地内にある旧校舎の隣。そこは、工場のような場所だった。心なしか、焼きたてのパンのような匂いが漂っている気がする。
この工場のどこかにいるのだろうか。二人して顔を見合わせ、わたしは別行動でこの工場内の探索を提案してみる。
「でも君、ここへ来たことないよね……?」
「タカトはあるの?」
「……無いですけど」
一度不貞腐れたようにプイッとそっぽを向いたけれど、そのあとすぐ、彼は気難しそうに眉を顰める。……どうやら、周りが気になって仕方がないらしい。けれど、二人で一緒に回っている時間はなさそうだ。
「……ちょっと、スマホ貸してください」
すぐに同じ判断を下した彼は、わたしのスマホを受け取り、お互いの連絡先を交換。
「もし何かあったら、すぐに連絡してくださいね」
見つけ次第連絡、見つからなくても5分後には一度連絡を取る等の決めごとを早々とし、一度遠くの方に鋭い視線を送った彼は「それじゃああとで」と工場の中へ入っていった。
その背中を見送り、手元の画面へと視線を落とす。連絡先に新しく加わった〈鷹人〉という名前に、わたしは小さく笑みをこぼした。
その直後、後ろで地面の砂が擦れたような音が聞こえる。それに臆することもなく、スマホをしまいながら、背後に立つ人たちへ声をかけた。
「一人になるのを見計らっていた……ということは、このわたしが誰なのか、よくご存じのようですね」
ゆっくりと振り向いたそこにいたのは、黒いスーツにサングラスをかけた、ぱっと見SPのような人たち。けれど、護衛の対象者はどこにも見当たらない。
「女性が一人のときを狙うなど失礼極まりないと思いますが……まあ、そこには一度目を瞑りましょう。二度目はありません」
じっと威圧的な視線を送るも、彼らもまた臆することなく、一度その非礼を詫びそしてすっとわたしの前へ一枚の名刺を差し出した。
「申し遅れました。朝日向葵様。私たちは、こういう者で御座います――……」



