「その敬語、君が嫌じゃなかったら外して欲しいな」
「……それぐらいでし、……だったら」
「あと“さん”付けも」
「じゃあタカトくんで」
「“くん”もダメ。できれば呼び捨て希望」
「え。い、いえでも初対面の方に……」
「もちろん、無理にじゃないから。ただ僕が“タカトくん”なんて言われ慣れてないだけ」
そう言って、すっと目を細める一瞬。彼の瞳は、少しだけ寂しそうに揺れた気がした。
「……じゃあ、タカト……?」
今まで、誰かの名前を呼び捨てにするなんて、普段は元執事にしかしたことがないから妙に気恥ずかしかった。
「……うん。ありがとう」
けれど、彼があまりにも嬉しそうに優しい笑顔をするものだから、そんな恥ずかしさもすぐに吹き飛んでいく。
それに、やっぱり引っ掛かる。彼には今日初めて会ったはずなのに。この笑顔が、この瞳が、わたしの記憶のどこかにいるような……。
「答えはノー」
「……えっ」
「僕は知らないよって意味ね」
「それはさすがにわかり、……わかるよ」
思いもよらない回答に、一瞬反応が遅れてしまう。この状況を引き起こした張本人は、どうやら彼らの居場所を把握していないらしい。
(ここで嘘をついても何の得にもならないし……)
“――そもそも彼は、嘘をつくような人ではない”
(……ん? いや、下らない嘘をつくような人には見えない、ってことね)
自分から出た結論に修正を付け加えるなんて不可解なことをしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。
でも、わからないことが新たに増えると、先にそれを突き止めたくなるのは、わたしの悪い癖だ。
「……だったらなんでタカトは――」
けれど彼に問いたかったものは、覆い被さるように再び鳴った受信音により、あっけなく阻まれてしまった。
あまりのタイミングの良さに、やはり完全には疑いを拭いきれない。それに、ちょっと納得もいかない。
けれど、綺麗になった真っ白な白衣せいか。それとも、そのポケットに両手を突っ込みながら、わずかに体を揺らしている無邪気な笑顔のせいか。なんだか、彼を疑うことも質問をすることも、無意味に思えてきた。もちろんいい意味で。
これはいいことにしよう。ちょっと残念だけど。
そんなことを思いながら、小さくふう……とついた息は、少し笑ったような音になった。
「何か面白いことでも届いてた?」
やはりそんな風にとられてしまったらしく、彼は興味津々でわたしの持つタブレットを覗き込んでくる。
……もしかしたら。そんな【願望】を少しだけ抱いて。わたしも彼に倣い、緩くパーマのかかったブラウンの髪から、手元のタブレットへと視線を移した。
二つ目のヒントは――――……
「【L×L×L】……?」



