何も考えていないとき、ふと思い出すのは先ほどのような彼との幸せな時間だった。思い出すだけで、自然と頬が緩んでしまうほどの幸せな……。


「うーん、なんだろう。やっぱりむかむかする。絵的にアウトなのを無視して吐いたのに……」


 けれど、ここ最近どんどんと酷くなるのだ。
 それは、この暗い闇を歪める外の雨か。それとも、見て見ぬ振りをしているわたし自身にか。
 なんなのだろうか。自分の中に湧き上がってくる、言いようのないこの少し気味の悪い感じは。……一体、何というのだろうか。


「……なんなんだろうね、本当に……」


 だからねキサちゃん。隠してごめんなさい、なんだ。


「……自分が言えないのに、聞けないよね」


 自分の中でもよくわかってないものを。上手く消化し切れていないものを。言葉にするのが少し、怖いんだ。
 わからない何かが、……本当になってしまいそうで。


「はあ……」


 小さくため息が落ちる。たとえ頭がよくても、答えのない問題に脳味噌を使ったところでただ自分の神経を磨り減らすだけだった。
 相手も【そうだ】と、信じること。きっと、今のわたしにはこれが精一杯。
 潔く考えるのをやめ、窓側にそっと頭をつけた。


 この車窓からは、電車が見えなくなるまで見送ってくれる彼の姿が、いつも見えてたな。


「……ヒナタくん、今頃何してるかな」


 着くまではあともう少しかかりそうだ。少し濡れてしまった彼のパーカーの袖を握り、わたしは瞼を下ろした。

 ……いつになったらこの車窓に、もう一度姿を現してくれるの。
 そんな寂しさに、見て見ぬ振りをするように。