雨宿りしたところから駅までの間は、比較的雨も落ち着いていて、傘の中も会話に花が咲いていた。
「電車、遅れてあと5分で着くって」
だから、あっという間についてしまい、余計寂しい気持ちになる。まだ離れたくないと、彼のシャツを掴んだ手は言うことを聞いてくれなかった。
決めごとをしてから余計、彼との時間がすごくすごく惜しいのだ。1秒だって、1センチだって、離れたくない。
「……おーい。聞こえた?」
でも、彼を困らせたいわけじゃないから。名残を惜しんで、そっとシャツから手を離した。
「えっ? あ、あの、ヒナタくん……?」
けれど、その離した手を彼は真剣な顔して掴んでくる。かと思ったら今度は、黙々と今まで差していた傘を握らされた。
え? と首を傾げたわたしには目もくれず、そして、それに満足したらしい彼は「じゃ」と背を向けて駅の外へ出て行こうとするではないか。
この状況に一瞬理解が遅れてしまったわたしは、慌てて彼の背中を追いかけ、なんとか屋根のある一歩手前で捕まえた。
「ヒナタくん傘」
「大丈夫だよ。オレんち駅から近いし」
「それでもさすがにこの雨だったらびしょ濡れになっちゃうから」
ボンッと音を立てて広げた傘を渡すと、彼は迷惑そうに突っぱねてくる。
「わ、わたしなら大丈夫だから」
「駅までミズカさん呼ぶ? 呼ばないでしょ。それとも傘買う? 買わないんでしょ」
「……だったらヒナタくんがここまで誰か呼ぼ? そうじゃなかったらちゃんと傘買って帰って?」
「わかった」
「……嘘はよくないよ」
押し問答を繰り返しても、時間は止まってはくれない。それに彼は、わたしのことになると絶対に折れてくれない。
「……ごめんなさい、ヒナタくん」
だからわたしは、鞄から“それ”を取り出して、全てを正直に白状することにした。
「少しでも近くにいたいと思って嘘つきました。か……隠してて、ごめんなさいっ」
彼が驚いている隙に借りた傘をきちんと返し、取り出した折り畳み傘を鞄に戻す。
「送ってくれてありがとう。それから、傘とパーカーも」
そして、階段の段差を利用して彼の頬へそっと唇を寄せる。このくらいは、ここ数日間の我慢分と思って許して欲しい。
「会えると思ってなかったから、今日会えてすごい嬉しかった。……それじゃ、また学校でね」
未だ固まっている彼にバイバイと手を振ったわたしは、一目散に改札口を駆け抜け、本気の言い逃げとやり逃げを決めたのだった。
だから、ものの数秒でホームに着いてしまったわたしは知る由もない。
「はああ。……余計酷くなりそう……」
駅の隅っこで傘を差した一人の少年が、顔を真っ赤にしながらそんなことを呟いていた。……なんてこと。
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