すべての花へそして君へ②


 ヒナタくんの匂いに、ちょっと嬉しくて変態犬と化していたのはほんの一瞬。ご丁寧に蝶々結びまでしてくれちゃった紐がさすがに苦しいので、フードは外させてもらった。
 着てみて改めて思ったけれど、男の子は大きいんだな。わたしが小さいせいもあるだろうけど、借りたヒナタくんのパーカーの裾はお尻まですっぽり。もちろん手も出ない。捲っても捲っても落ちてくるくらいぶかぶかだ。……これじゃあ、手を繋ぐのはさすがにもう無理か。

 託けてもう一度狙ってみようと思ったけど、敏いヒナタくんにはバレてしまうだろう。素直に諦めよう。ならせめて、さっき彼が口走った気がする言葉の意味が知りたい。
 そう思ったら今度は、言葉を発するまもなく腕をとられ捲られて、気付いたときには恋人繋になっていた。


「雨宿りしてる間だけね」


 仕掛けてきた彼は、そんなこと言ってしれっと握ってくる。さっきはダメって言ったのに。自分からは簡単に繋いできて……。


「……振り回されてばっかりだ」

「そっくりそのまま返すよ」

「?!」


 言葉の端にどこか喜びさえ感じとれるような文句は、タイミングよく大人しくなった雨にかき消されることなく、彼の耳に届いてしまったようだ。……雨はどうやら、わたしの敵らしい。
 なんだか理不尽だ。そう思ってむすっとしながら見上げてみれば、彼の表情は声に反してなんだか楽しそうだし。……なんか、毒気抜かれた。


「だって……。さっきはダメって言ったのに」

「パーカー脱げなかったからね」


 思い掛けない返答に目を丸くする。だったら彼は、端から手は繋いだままにしておくつもり……だったのか。これを脱ぐ、一瞬だけ……?


「……何」


 ……なんだろう。彼と恋人同士になって手を繋ぐことは何度もあったけど、初めて手を繋いだときぐらい、なんか恥ずかしい。
 居心地が悪くなって一度外そうと試みたけれど、全然びくともしなかった。


「今の間だけって言った」

「……わかっててやってるでしょ」

「いやなの」

「ううん。すごい嬉しい」


 握り返すと、返事をするように彼もまた、握り返してくれた。


「……あ、そうだ」


 この勢いで、さっきの発言について聞いてみた。
 すると、彼は一度流し目でこちらを見たのち。


「透けた下着隠してくれないかなーって」


 とか続けてそんなことを言うので、慌ててパーカーの中を確認。中には少女漫画ありきたりの、ベタな展開が広がっていた。


「よ、余計透けるんじゃないかな??」

「これだけ降ってたら、誰も透けた下着探そうなんて思わないでしょ」

「雨降ってても探さないよ、普通」


 どうやら信号で止まったときに気が付いたらしく、慌ててここまで引っ張ってきてみれば、これまたタイミングよく土砂降りになった……と。完全にヒナタくんの味方やないかい。


「あと、手繋げてラッキーって思ってる」


 それはわたしの味方でもあったな。今日の夕ご飯は、大雨による電車の遅延のため遅くなります。……そういうことにしとこう。