すべての花へそして君へ②

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〈おーい先生
 仕事にかまけてまさか
 一番大事な生徒のこと、
 わかってないとは言いませんよね〉

《わかってる
 けどまだ無理だ
 あと頼む》

〈上手いこと5・7・5にしてんな!
 てか、自分の彼女押しつけるって
 どういう神経してんだよ〉

《ウマいもん
 食わせてやって
 くれたまえ》

〈お前ほんとは暇なんじゃねえだろうな
 幼馴染みのよしみで貸し一つな〉

《悪い
 つーか人の彼女見てる暇があんなら
 お前相手見つけろよ》


 なんで最後だけやめるんだよ。つうか余計なお世話だっつの。彼女ができても紹介なんてしてやんねえ。いきなり結婚式の招待状送りつけて驚かせてやる。


「もーちょっと、ほんとは泣かせてやりたかったんですけどね」


 送り届けた彼女は、泣いてることすら気付かなかった。気付いたあとは、顔を見られるのを嫌がって全然こちらを向いてはくれなかったから、どれくらい泣けたのかはわからないけど。
 ……ま、心が泣いてるってことに気付けりゃ、それでいい。口から出てくれば、嫌でも気付くだろ。


「忙しいのはわかんだけど、あんま放っといてやんなよ。女王様も一人は寂しいんだからな」


 まあ、あそこのバカップルはもう放っておいても大丈夫だろう。菊の仕事が落ち着きゃ、いちゃいちゃし放題だ。あとは――圭撫んとこも、だいぶ気になってはいるけど……問題は、やっぱりあいつか。
 車を走らせながら、他の奴らのことが気になってしょうがない自分に、つい自嘲するような笑いが漏れる。どうやら、この俺に彼女ができる日はまだまだ先の話らしい。


「景気付けに一杯、マスターに熱いコーヒー淹れてもらおっかな」


 今日俺頑張ったし。無理言って頼んだディナーのことも、改めてお礼言っておかないと。


「……彼女、ねえ」


 いつか。もし俺に、彼女ができたら……。
 あそこのコーヒーを、カウンター席に二人並んで飲んでみたいなー、……なんて。そんなちっぽけな幸せを探そうと思うくらいには、いろんな傷はもう俺の中から消えてなくなった。
 葵ちゃんが。それからマスターのコーヒーが、癒やしてくれた。


「俺なんかがいいって物好きな女、いんのかねえ」


 だから……いつか。自分の幸せを考えられるようになった、そのときは。
 ちっぽけな未来が、そう遠くないところにあればいいなと。柄にもなく、そんなことを考えてみたりしようか。

 この――……土砂降りの空を見上げながら。