すべての花へそして君へ②

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 思えば。熱海以来、菊ちゃんとはまともに触れることも会うことも、話すことすらしてないかもしれない。


『……適当にぶらぶら?』


 なーにちょっと見栄張っちゃったんだか。本当にぶらぶらしただけだってのに。
 本当のことを言うと、期待をしていなかったと言えば嘘になる。だって、あんな夜遅くにわざわざ来てくれたんだ。誰かさんとは違って純粋じゃないから。その辺は欲求爆発したって誰も責めはしないと思う。


『あんまり時間、とってやれなくなる』


 でも、そのとき言われたのはこれからのこと。そこで言われたとおり、今はまともに顔さえ見てない気がする。
 しょうがないよ、学校の先生なんだし。この時期は特に忙しくなるよ。あちこちからいろんな進路の募集かけたり、それこそ一人一人の生徒のために【未来への判断材料】を、奪取してこなければならなかったりするんだ。
 あんなだけど、先生の仕事が好きなのは、誰よりもあたしが、一番よく知ってる。


『そっか。残念だけど、でも応援してるね! お仕事頑張って』


 だからあたしは、足手纏いにならないよう、陰ながら応援するって。……そう決めたの。



「あー。さすがにこの天気じゃ大荒れか」


 大雨でぼやけた夜の景色。いつの間に免許なんか取ったのか、杜真が走らせた車が静かに止まり、同時に雨に滲んだ世界も止まる。


「雨酷すぎてよく見えねえな……。なあ、ここで合ってる?」

「キザ男」

「車に乗って第一声がそれかよ」


 嫌だと言ったのに、無理矢理乗せられたんだ。これくらいで済んでいることを、もう少し喜んで欲しいくらいだ。
 けれど、あからさまに機嫌の悪さを態度に出しても、彼はただ優しい顔でこちらを見つめてくるだけ。


「……なあ紀紗」


 それだけで、こいつには何もかもバレてしまっていると、わかってしまった。……ううん。カクテルが出てきたそのときから、もうわかってた。


「……キザ男」


 それだけ言ってぐっと、唇を噛み締める。正確には、それしか言えなかった。次に、口を開いてしまったら……もう。


「人のこと。心配する前にすることあるんじゃねえの」


 ……やめて。


「向こうだっておんなじこと、思ってるよ。悩み……あるなら言って欲しいってさ」


 やめてよ。


「我慢すんなって。我慢して何の得があんの。誰が得すんだよ」


 やめてって言って……。