すべての花へそして君へ②


「まあでも、あそこまでピュアすぎるのもちょっと問題かもなー」


「結婚してからかー……」一通り食事を終え、アフターでコーヒーを飲みながらそんなことを独りごちるように呟いた。他の客席まで聞こえてなかったはずの内容を、どうしてこいつは知ってるんだか。


「てっきりその純情は京都に置いてきたんだとばかり」

「ところであんた、あたしに用があったんじゃないの」


 話し始めたら止まりそうにないので、今日はここまで。杜真に、ここへ呼び出した用件とやらを聞いてみる。


「ああ。……ちょっとな、紀紗に見てもらいたいもんがあるんだ」


 彼は空いた皿を下げてもらってから、テーブルの上にプリントアウトした紙を一枚置いてみせる。どうやらそれは、夏に行った熱海での写真らしい。そこには、キャップを被っているあっちゃんらしき人と……。


「……この人」

「知ってるのか」

「あっ。ううん、知らない」

「……そっか」


 知らない。確かに、知らないはずなのに……。なぜか拭いきれない既視感が、そこにある気がしてならない。


「……この人が、どうしたの」

「熱海で見かけたりしたかなと」

「見てない。……だから?」

「……これ見て、桜庭さん(、、、、)はどう思うかなーと」


 見るからに残念そうに落ち込んでいた彼から出てきたのは、予想だにしてなかった名前だった。
 桜庭――そう言われて、先程感じた既視感はこれだったのだろうかと、あたしは一度眉を顰める。……似ているような気もする。でも、そうじゃない気もする。はっきりとは、何もわからない。
 でも……母に? 確かに母はよく見えている方だけれど、それ以上によく見えている彼女には、遙か遠く及ばない。

 だから――あっちゃん自身には聞けない何かが、この彼にはあると。……そういうことか。

 ふと、もう一度紙の上へ視線を落とす。


(……あれ。さっきもこんなん……だったっけ)


 一度目をこすり、もう一度見遣る。こんな、だっただろうか。
 紙の上の彼は、先程からこんなに、愉しそうな笑顔を浮かべていただろうか。“こちらを向いて”、“嗤っていた”だろうか……。


「――紀紗」

「――!! なっ、なに!?」


 慌てて顔を上げると、あまりにも近くに顔があったので思わず声が裏返ってしまった。


「何……って、さっきから聞いてんだけど」

「ご、ごめん。な、何を……?」

「紀紗はこいつ見てどう思った?」

「あたし? あたしは……」


 もう一度視線を落とすと、そこには“優しい笑顔”を浮かべながら、“スマホラを構える”男の人が写っていた。……さっき変なこと考えたからかな。おかしなものが見えたのは。