「まあでも、あそこまでピュアすぎるのもちょっと問題かもなー」
「結婚してからかー……」一通り食事を終え、アフターでコーヒーを飲みながらそんなことを独りごちるように呟いた。他の客席まで聞こえてなかったはずの内容を、どうしてこいつは知ってるんだか。
「てっきりその純情は京都に置いてきたんだとばかり」
「ところであんた、あたしに用があったんじゃないの」
話し始めたら止まりそうにないので、今日はここまで。杜真に、ここへ呼び出した用件とやらを聞いてみる。
「ああ。……ちょっとな、紀紗に見てもらいたいもんがあるんだ」
彼は空いた皿を下げてもらってから、テーブルの上にプリントアウトした紙を一枚置いてみせる。どうやらそれは、夏に行った熱海での写真らしい。そこには、キャップを被っているあっちゃんらしき人と……。
「……この人」
「知ってるのか」
「あっ。ううん、知らない」
「……そっか」
知らない。確かに、知らないはずなのに……。なぜか拭いきれない既視感が、そこにある気がしてならない。
「……この人が、どうしたの」
「熱海で見かけたりしたかなと」
「見てない。……だから?」
「……これ見て、桜庭さんはどう思うかなーと」
見るからに残念そうに落ち込んでいた彼から出てきたのは、予想だにしてなかった名前だった。
桜庭――そう言われて、先程感じた既視感はこれだったのだろうかと、あたしは一度眉を顰める。……似ているような気もする。でも、そうじゃない気もする。はっきりとは、何もわからない。
でも……母に? 確かに母はよく見えている方だけれど、それ以上によく見えている彼女には、遙か遠く及ばない。
だから――あっちゃん自身には聞けない何かが、この彼にはあると。……そういうことか。
ふと、もう一度紙の上へ視線を落とす。
(……あれ。さっきもこんなん……だったっけ)
一度目をこすり、もう一度見遣る。こんな、だっただろうか。
紙の上の彼は、先程からこんなに、愉しそうな笑顔を浮かべていただろうか。“こちらを向いて”、“嗤っていた”だろうか……。
「――紀紗」
「――!! なっ、なに!?」
慌てて顔を上げると、あまりにも近くに顔があったので思わず声が裏返ってしまった。
「何……って、さっきから聞いてんだけど」
「ご、ごめん。な、何を……?」
「紀紗はこいつ見てどう思った?」
「あたし? あたしは……」
もう一度視線を落とすと、そこには“優しい笑顔”を浮かべながら、“スマホラを構える”男の人が写っていた。……さっき変なこと考えたからかな。おかしなものが見えたのは。



