「……あの、キサちゃ――「ぅゎあああ!!!!」……えっ!?!?」」
親身になってくれている彼女に申し訳なさが募り、声をかけようとしたときだ。隣にいたユズちゃんが、奇声に近い声を上げながら勢いよく立ち上がったのは。
「ゆ、柚子!?」
「ど、どうしたの!?」
「きょ、今日は……」
「「う、うん」」
今にもまた叫びだしてしまいそうなほど鼻息の荒いユズちゃんからこぼれた言葉に。
「……お母さんが、帰ってくる」
「「……ん??」」
「きょ、今日お父さん仕事休みで……」
「……ま、まさか家に……?」
コクリ。
「ま、まさかまだ喧嘩してるんじゃ……」
コクコクコクコク。
……容易に想像できる地獄絵。震えながら大急ぎで帰り支度をするユズちゃんを、誰も止めはしなかった。
そんなに時間は経っていなかったけれど、支度が終わる頃にはユズちゃんからダラダラダラと冷や汗のようなものが垂れていた。
「きょ、今日のところはこれにて失礼……!」
「あでぃおす!!」とスマホを一度確認した彼女は、シュタタタタと足早に立ち去っていった。外は少し雨が降っていたようだけれど、あの速さならそこまで濡れずに済みそうだ。
「風邪引かないといいね」
「そうね」
ユズちゃんの姿が見えなくなるまで見送っていると、残った二人の間には静かで落ち着いた雰囲気が流れていた。
そしてバックには素敵なBGM。ここまで香る、芳しい挽きたてのコーヒー。入店してからというものぶっ飛ばした話題しかしていなかったので、暫し二人してこの心地のよい空気を存分に楽しむことにした。
「そういえばさ」
「ん?」
ふと思い出したのは、真夜中にお迎えに来た彼女たちの王子様のこと。ユズちゃんたちの話題には触れず、先にお迎えが来たキサちゃんに、どこへ行っていたのか聞いてみることにした。
「……適当にぶらぶら?」
妙な間が気になる。けれど、これは聞かない方が身のためかもしれないと、わたしの本能がそう告げていた。
「あっちゃんが大人になったら教えてあげる」
「……顔に出てた?」
「最近はわかりやすくて楽し――……嬉しいよー」
どうしよう。まだわたしには仮面が必要みたいだ。
ちょっといたたまれなくなって、アハハ……と少し赤くなった頬を冷ましておいた。
「……にしても、あの子もどうするんだか」
そういえば、ユズちゃんたちのその後のことも何も聞いていなかった。
彼女が走って行った窓には、強く雨が打ち付けている。……まるで、彼女自身のことを表しているかのようだ。
「……笑っていられれば、それが一番いい」
「……そうね」
――決して、そうなることがないように。
今のわたしたちにできるのは、きっとこれくらいだ。



