「さてと。……あおい」
「な、なんでしょうご主人様……」
「ハウス」
「だ、だからわたしは犬ではないと……」
「戻ってきて? 寂しいから」
「で、でも」
「じゃないとオレが襲いにいく」
「そ、それもそれで危ないけど……」
結局ヒナタくんが危ないような。
でも、「大丈夫だよ」と自分のそばをぽんぽんと叩いてわたしを呼ぶ彼には逆らうなんてことできなくて。
「な、なんなら縛り付けてください。その方が安全。わたしもそうしてくれると有り難い嬉しい」
「だいぶ発言がマゾなんだけど。重傷じゃん」
それでも、そばに来たわたしに、彼はそれはそれは心待ちにしていたような笑顔を浮かべて。
「おかえり」
「……た、だいま」
嬉しそうにそっと、腕の中に閉じ込めた。
それから、彼の体温と腕の力のおかげで落ち着きを取り戻してきた頃。
「それで。何がダメ? どうして無理?」
そっと離れ、頭を撫でながら彼は再び危険な質問を蒸し返してくる。慌てて目だけは閉じておいた。
「ダメなのは、近づいたらダメってことで……今は取り敢えず落ち着いております」
「なら無理は?」
「な、慣れろ……が」
いつだってかっこいいって思うし、可愛いって思う。知らないことだって、それだけでも好きだなって思うし、知ってることも……気づけば愛おしく思えるんだ。
「だから、それは無理だなって」
「なんか難しいこと考えてるね」
「でも、そう言ったのはヒナタくんで」
「確かに、慣れたい。慣れて欲しいとは思うけど、それも引っくるめたのが、宿題の本当の答え」
ふと、さっきまで頭を撫でてくれていた手が下りてきて、もう片方と一緒にわたしの両頬を、やさしくやさしく包み込む。
「……ほんとうの、こたえ……?」
「無駄に頭がいい分、細かく考えすぎ」
結局オレが言わされるんだねと。そんなことだろうと思ってたけどと。まあ、面倒くさい言い方したオレが悪いんだけどねと。
ため息をつきながら彼はふっと小さく笑う。
「……慣れて? オレがこうやってあおいに触れることに」
指先が、そっと頬の上を滑る。
「慣れて? 抱き締めることに、こうやってキスをすることに」
かすかに唇が触れあうだけのキス。どこか、神聖な儀式みたいだと思ったそれは、全身に甘い痺れを駆け巡らせる。
「慣れて。好きだよって、愛してるよって。滅多に言わない言葉に。あおいにしか言わない言葉に」
そんな言葉だけで、目頭が熱くなる。愛おしくて愛おしくて……愛おしすぎて、胸が苦しい。
無理だ。そんなの、慣れるわけないじゃないか……。
「ひな」
「いつも、オレの声が聞こえるところにいて」
「え……?」
「こうやって触れられて、キスできて。抱き締められる距離にいて」
「……さすがに無理なときもあるよ? わたしでも」
「それはオレだってわかってるよ、ちゃんと」



