「っ、な、なに」
かすかに触れた指先にピクッと一瞬驚いた彼は、変態と化したわたしから身を守るように、今度は自分ではだけた浴衣の首元を掴む。
その反応が可愛くて、クスッと笑うと「いきなり触ってくるからじゃん」と拗ねてしまった。そんな拗ねた彼も可愛い。
「ねえ、体鍛えた?」
「えっ」
プールの時……いや、熱海の時から思っていた。気のせいかなと思って、口には出さなかったけれど。
「何で知ってるの」
なんでかまた拗ねちゃったし。ほっぺたちょっと膨らんでるし。
「知っていると言うよりはそうかなって思っただけで」
「これも内緒でしてたから、またバレてたのかと思った」
「え? そうなの?」
「ん」
どうやらわたしに内緒で、秘密の特訓とやらをしていたらしい。何それ。
「わたしもやりたい!」
「この日のために鍛えたからね。もうしないよ」
「……へ?」
この日のため、とは??
「自分の彼氏が、ナヨナヨだと嫌だろうなって、思って」
「……別に、たとえナヨナヨでも嫌ではないけど……」
逆に、ヒナタくんのその顔で、服の下からムキムキマッチョなボディーが出てきたら驚くよ。
「もうしないの?」
「バレたからもうしなーい」
「えー。一緒にやろうよ」
「やらなーい」
「一緒にムキムキになって、目指せボディービルダ――」
「あおいはなれそうだから本当にやめて」
「は、はい……」
「ま、冗談はさておいて」
おーい。冗談なんですかい。いや、でも逞しくなったのは確かだろうから鍛えてたのは本当で……ど、どっからどこまでが本当で、何が嘘で冗談なの。
「っ、ひなっ」
けれど、そんなことを考えている余裕は全くなかった。首筋をツーと撫でてくる彼の、纏う雰囲気がごろりと変わったから。
「なに。欲情でもした?」
雰囲気で。声で。瞳で。指先で。クラリと目眩がした。同時に、彼の言葉の意味に、体がかああと熱くなる。
「……真っ赤」
「っ」
ふっと軽く笑う彼が、愛おしそうに見つめながら唇を寄せてくる。
けれど、そんな彼の肩を掴み、わたしは必死になって訴えかけた。
「待った」
「え?」
「危ない」
「……は?」
「危険だからちょっと待って。そして離れて」
「……なんで」
ちょっと声が低くなっただけで、彼は離れてくれそうにない。……致し方ない。ここはわたしから距離をとろう。
「よっこらせ」
どういうこと……って。ものすごい圧の強い視線が飛んでくるけれど、それにはなんとかスルーを決め込んで。シュタタタタ……。
「ちょっと危険だからね。今わたしに近づかない方が身のためだ」
「……」
寝室の隅っこの方で縮こまる。……隅っこって、何でこんなに落ち着くんだろうね。不思議だ。
それはさておいて、だ。



