すべての花へそして君へ②


「っ、な、なに」


 かすかに触れた指先にピクッと一瞬驚いた彼は、変態と化したわたしから身を守るように、今度は自分ではだけた浴衣の首元を掴む。
 その反応が可愛くて、クスッと笑うと「いきなり触ってくるからじゃん」と拗ねてしまった。そんな拗ねた彼も可愛い。


「ねえ、体鍛えた?」

「えっ」


 プールの時……いや、熱海の時から思っていた。気のせいかなと思って、口には出さなかったけれど。


「何で知ってるの」


 なんでかまた拗ねちゃったし。ほっぺたちょっと膨らんでるし。


「知っていると言うよりはそうかなって思っただけで」

「これも内緒でしてたから、またバレてたのかと思った」

「え? そうなの?」

「ん」


 どうやらわたしに内緒で、秘密の特訓とやらをしていたらしい。何それ。


「わたしもやりたい!」

「この日のために鍛えたからね。もうしないよ」

「……へ?」


 この日のため、とは??


「自分の彼氏が、ナヨナヨだと嫌だろうなって、思って」

「……別に、たとえナヨナヨでも嫌ではないけど……」


 逆に、ヒナタくんのその顔で、服の下からムキムキマッチョなボディーが出てきたら驚くよ。


「もうしないの?」

「バレたからもうしなーい」

「えー。一緒にやろうよ」

「やらなーい」

「一緒にムキムキになって、目指せボディービルダ――」

「あおいはなれそうだから本当にやめて」

「は、はい……」

「ま、冗談はさておいて」


 おーい。冗談なんですかい。いや、でも逞しくなったのは確かだろうから鍛えてたのは本当で……ど、どっからどこまでが本当で、何が嘘で冗談なの。


「っ、ひなっ」


 けれど、そんなことを考えている余裕は全くなかった。首筋をツーと撫でてくる彼の、纏う雰囲気がごろりと変わったから。


「なに。欲情でもした?」


 雰囲気で。声で。瞳で。指先で。クラリと目眩がした。同時に、彼の言葉の意味に、体がかああと熱くなる。


「……真っ赤」

「っ」


 ふっと軽く笑う彼が、愛おしそうに見つめながら唇を寄せてくる。
 けれど、そんな彼の肩を掴み、わたしは必死になって訴えかけた。


「待った」

「え?」

「危ない」

「……は?」

「危険だからちょっと待って。そして離れて」

「……なんで」


 ちょっと声が低くなっただけで、彼は離れてくれそうにない。……致し方ない。ここはわたしから距離をとろう。


「よっこらせ」


 どういうこと……って。ものすごい圧の強い視線が飛んでくるけれど、それにはなんとかスルーを決め込んで。シュタタタタ……。


「ちょっと危険だからね。今わたしに近づかない方が身のためだ」

「……」


 寝室の隅っこの方で縮こまる。……隅っこって、何でこんなに落ち着くんだろうね。不思議だ。
 それはさておいて、だ。