体を起こして彼の頭をやさしく撫でていると、ふと思い出す昔のこと。あの頃はまだ、こんな幸せな日が来るなんてこと、思ってもいなかった。
 こうして、わたしがわたしとして生きていられることも。誰かを、好きになれることも。そして、その好きな人と一緒に幸せな時間を過ごせることも。


「……も」


 小さく何かが聞こえたと思ったら、彼もゆっくりと体を起こした。


「……オレも、幸せだよ」

「ヒナタくん……」


 そうして、壊れ物でも扱うようにそっと、わたしの両手を包み込む。


「あおいだけじゃない。今、こうしていられることが未だに信じられないのは」

「……昔の自分が知ったら、ビックリするだろうね」

「うん。絶対そうだと思う」


「――だから」と。少しだけ力を込めた彼にすっと視線を合わせると、そこにはあまりにもやさしい笑顔を浮かべている彼がいて……。


「あおい。誕生日おめでとう」

「ありがとうヒナタくんっ」

「オレと、出会ってくれて。……オレを、好きでいてくれて」

「うんっ。……っ、うんっ」


 ……生まれてきてくれて、ありがとう。

 やさしい言葉と一緒に触れた口付けは、痺れるように甘く、わたしの身も心も思考回路をも溶かしていく。頬を撫でてくれる指先が、包み込むように添えられた手が、わずかに震えていて。それさえも心地よくて。
 途切れることのない、蕩けるようなキス。注がれる愛を全て受け入れるために、わたしの体はゆっくりと布団の上に沈み込んだ。
 上から見下ろしてくる彼の瞳はとても熱っぽくて、見ているだけで火傷さえしてしまいそうなほどで。先程まで絡み合っていた艶やかに濡れた薄い唇からは、表情と同様、余裕のない息づかいが漏れている。

 綺麗に波打つ首筋。そして鎖骨から胸元のライン。普段見えることのない、彼の細身でもどこか逞しく見えるそれが、はだけた浴衣の間から見えてしまって……。


「――ぐえっ」

「ヤバいヤバいヤバい。ヤバいよヒナタくん……!!」


 慌てて首元を引っ掴んでクロス。……今、変なこと考えたぞ、わたし。


「こ、殺す気……?」

「え? あ! ごめんごめん!」


 そして慌てて緩めたけど手は離せず。訝しげな瞳がわたしを見下ろしてくる。


「なんですかねこの手は」

「な、なんなんでしょうかね……」

「嫌なの」

「い、嫌なわけじゃないよ……!?」

「うん。わかってる」


 だからどうしたの? と、やさしい声色。撫でながら浴衣を掴むわたしの手も、ゆるりと解かれる。
 その拍子に、再びはだけてしまう彼の胸元に視線が持って行かれて……。


「……すごい、綺麗」


 そんな風にこぼしながら、誘われるように……ううん。求めるように、わたしはそこへ触れたくてたまらなくなった。