「じゃあ今日は、オレが全部脱がしてあげるね」
えーっと、高さ的にはだいたいマンションの3階くらいかな。――うん。余裕でイケる。
「ちょっと。こっから飛び降りたくなるぐらい嫌なわけ」
「そ、そういうわけでは……」
ただ、なんというか。反射というか。スマホ持つことよりも体に染みついてしまった習慣というか。下僕の血が騒いでいるというか。
ベランダの柵にかけようとしていた足は静かに下ろされ、再び彼の腕の中に戻されて一言。小さくこぼれた。
「……い。嫌では、ないよ」
ドクンと、心臓がはねた。言ったわたしも、言われた彼も。
「……結構な殺し文句だね」
「そ、そんなつもりは、ないのだけれども……」
「つもりはなくても、オレの心臓さんがオーバーワークし始めたのは確か」
「そ、そんなの、わたしだって……」
ぎゅうと、抱きしめる腕が強くなったかと思ったら、頭にそっと、やさしさいっぱいのぬくもりが降ってくる。それに誘われるようにゆっくりと頭をもたげようとすると、上げきる前に待ちきれないと言わんばかりの口付けがわたしの唇を塞ぐ。
「はあっ、んむっ」
合間に息継ぎしようとすれば、その間から割って入って来てわたしを探して。見つけては絡めて、貪るように呼吸さえも奪うような激しい口付けに、息も絶え絶え。
「いつもと違う匂いがする」
「はあ。……そ、れは……」
「ここの石けん?」
「……嫌い? この匂い」
「ううん。好き」
立っているのもやっとで、首に腕を回した拍子に香ったであろう石けんの匂いに、嬉しそうに首元へと顔を埋めたあと。そっと耳元へと唇を寄せ、彼は甘く囁く。
「ふとん。行こ?」
腰が砕けた。支えてくれていた彼のおかげで、座り込むようなことはなかったけど。
クスリと笑いながら、そんな状態になったわたしをひょいっと軽々抱え、彼は寝室の方へと繋がるガラス戸へ足を運ぶ。一歩一歩進むごとに心臓がはねて、本当に口から飛び出してきそうだった。何か、……何かで塞がないと。
両手を軽く口の前へと持ってこようと思ったときにはもう、用意された寝室の布団の上に座らされていた。どうやら、緊張やらパニックやらで時間が素っ飛んだらしい。
「あおい……」
囁くような声で名前を呼びながら。片手でやさしく口の前に行きかけていた手を払い、もう片方でわたしの俯いた顔を撫でるように上げた。
近付いてきた唇は一度、かすかに触れあうだけのキスを落とし、数度啄んでから押しつけるようなものへと変わる。
それを幾度となく繰り返し、ゼロの距離で吐息が視線が絡み合う。まるで、時間が止まっているかのようだった。
こんな、もどかしい距離でも幸せで。頬に添えられた手が温かくて。どちらかともなくゆっくりと縮められた距離に瞼を閉じ、抗うことなくわたしの体は布団の上へと沈――――



