「……何でナンパ野郎がここにいるんだよ」
「こ、こらこら! 喧嘩腰にならないのっ」
「やっほー。久し振りだね弟くん?」
史上最強魔王さんのお弟子さん――ヒナタくんがお帰りになったからです。こらこら、睨まないのっ。
「俺は葵ちゃんの恩人だよ? さっきナンパから『俺の彼女に何してんの』的な感じで助けてあげたんだから」
「お前のじゃねえ」
いやいや、そもそも自分で撃退しましたからね? ヒナタくんどうどう……。
「たくー。そもそも帰りが遅いんじゃない? 彼女ほっといてナンパとかされてるから弟くん」
「えっ! ヒナタくんナンパされてたの」
「されたくてされてたわけじゃねえし。気付いてたんなら助けろよ」
「……されてたんだね」
このお怒り具合とお疲れ具合からして、相当な人にお声をかけてもらったご様子。
まあ、そっち方面全然心配してませんけども。こっちのバトルの方が心配でしょうがないので……。
『ちょっとお手洗いに行ってくるね!』
そう言ってひとまずダッシュでW.C.と書かれた建物へ逃げた。と、言いつつ実は百面相の中には我慢していた顔も入っておりました。
「ふう。あぶねえあぶねえ……」
取り敢えず間に合い一安心。それにしてもヒナタくん、よっぽどシズルさんの第一印象が悪かったと見える……。
「ま、シズルさんもシズルさんだけど。あんなにヒナタくんのこと弄って遊ばなくてもいいのに……」
お手洗いから出るとサンダルの紐が解けかかっていた。お洒落で可愛いから気に入ってたんだけど、その代わりリスクが付き物なんだよなあ。固結びにしてやろうか。
そんなことをしたら今度は解くのに時間がかかるか。仕方なしに普通に結ぼうと体を屈めたときだった。
――――ビュンッ。
頭上を、鋭い風が吹き抜けていったのは。
「わあ! 見て見てこれー!」
「こんなところに紙パック挟むとか器用な子どもだなあ」
若いカップルの会話に振り向けば、トイレの壁の、劣化した隙間へ埋まるように広げられた紙パックが差し込まれていた。
「……【やっほーお茶】」
かなり奥まで差し込まれたそれを、少し力を入れて引っ張ってようやく出てきたのはお茶の紙パック。……たく、誰がこんなところをゴミ箱だと教えたんだか。ゴミはゴミ箱に捨てなされ。
ただで捨ててしまうにはなんだかちょっとむしゃくしゃしたので、紙パックをビリッビリに破いて捨てたのだけど……見ていた子どもに、なぜか泣かれてしまった。
……わたし、子どもに好かれないタイプなのかもしれない。子ども大好きなのにっ。



