そして、彼女が連れてきてくれた場所から下を見下ろすと、そこには波で削れた岩場が。どうやらこの場所は、さっきのシズルって人に教えてもらったらしい。
 ああ。そういえばあの人、こいつにナンパするとき『知る人ぞ知る恋人のためのスポットがある』とか何とか言ってたっけ。


「見て見てヒナタくん!」

「あーはいはい」


 そうやって嬉しそうに指差す先には、岩場にできたハート型の窪み。そこに海水が入ってきて、夜空に浮かぶ月を、映し出していた。


(そういえばあの人、『星もよく見えて』……って、言ってたっけ)


 その言葉にふと視線を上げると、やっぱりそこには満天の星。夏の大三角形も、都心に比べればハッキリとよく見え、距離が近くなった分、本当に手を伸ばせば掴めてしまいそうだった。


「綺麗だね……」


 さっきまでは、下に映った月を見て嬉しそうにはしゃいでいたというのに。今はもうオレに倣い、上を向いて感嘆する彼女。
 恐らくだけど、あのハートの泉に映った月を見れば、恋愛運アップとかなんとかなスポットなのだろう。連れてきたかったのは、ここかな。


「なんかね、恋人のためのスポットになった由縁は、いくつかあるんだって」

「ふーん。そうなんだ」

「シズルさんから聞いたのは、ここに映った月を恋人たちで見たら、ずっと一緒にいられる……ってジンクス」

「だと思った」


 そっと繋いだ手に力を入れると、向こうからも同じものが返ってくる。小さく名前を呼ぶと、上を向いていた視線が、ゆっくりと下りてきて絡まる。
 それに二人して小さく笑って。キスをしようと、彼女の頬へそっと手を伸ばした。


「それからもうひとつは、ここで告白したら必ず成功する……って、ジンクス」


 けれどオレの伸ばした手は、そんなことを言った彼女に静かに取られた。


「……ねえ、ヒナタくん」


 どうして今、彼女の方が悲しげな顔でオレを見つめているのか。どうしてそんなに、つらそうな声でオレの名前を呼ぶのか。


【コクハク】
 それが決して、甘いものでないことはわかっても。……何を言おうとしているのかは、わからなくて。


「……あ、おい……」


 そんな表情で、真っ直ぐ見つめてくる彼女の視線が――――



「わたしに、何か隠してるんでしょう?」


 ……ただ、怖かった。