そんなことを悩んでいるときだった。再びノックの音が聞こえたのは。


「あっ、来た! はいは~いっ。今行きまーす」


 そして、るんるんでユズちゃんが扉を開けに行ってしまった。こ、こういう時って、どんな顔をして待ち構えればいいんだろ……。
 結局わからなかったので、頭から布団を被ることにした。「何やってんの。ほら、行くよ」とか、そんな風に言って無理矢理連れ出してくれる方が全然表情に困らないという結論に至ったからだ。


「……えっ」


 本当にヒナタくんが言いそうなことを考えながら、取り敢えず表情筋の体操をしていたら、なにやら扉の方からユズちゃんの困惑した声が。どうしたんだろう。


「……あれ。カナデくん?」

「……こんばんはーアオイちゃん。夜分遅くにごめんね? 寝てた?」

「ううん。寝てはないけど……」


 さすがに、ヒナタくん用に布団の中で顔のレパートリーを考えてたとか彼に言えない。……にしても、カナデくん?


「び、ビックリしたねあおいちゃん! まさかひなくんを差し置いてかなくんが夜のお誘いにやってくるとは!」


 それはわたしも思ったけど、ユズちゃんの中でもカナデくんのイメージってそんななんだね。まあよく知ってるか。元カノさんなら。


「ユズちゃんもごめんね夜遅くに。……もう寝る?」

「ね、寝ない寝ない! お目々パッチリだよねーあおいちゃんっ?」

「う、うん……?」


 そんな曖昧な返事に、心底ほっとしたように彼は息を吐く。なんだか酷く緊張しているみたいで、その緊張がわたしにまで移ってしまいそうだ。

 そして、そのあと一度ゆっくりと深呼吸をして。わたしと視線が絡むと、彼は控えめに名前を呼んだ。


「……ユズちゃん、お借りしてもいい……?」


 それは照れながらわたしに言うことなのかい? カナデくんや。それは、隣で今にも目ん玉落っこちそうなほどビックリしている彼女に直接言ったらどうかね? 恥ずかしいんだろうけど。
 わたしにそういう助っ人は求めちゃイカン。


「……アオ」

「わたしにじゃなくて直接言いなさい」

「い、いや一応アオイちゃんにも聞いておいた方がいいかなって……」

「先にわたしじゃなくてユズちゃん本人に聞くべきでしょう。さすがのわたしでもそれはわかるぞ」


 そして、カナデくんの気持ちもわからないでもない。……いや。わかったとしてもきっとほんの一欠片程度だろう。


「……ゆ、ユズちゃん。あの……」

「…………」

「……もしまだ寝ないなら。ちょっと散歩、しに行かない?」


 今のカナデくんの立場で、こうやってユズちゃんに声をかけるのに、どれほどの勇気が必要だったかなんてこと。


(よく言ったカナデくん……!)


 小さくパチパチパチと指先で拍手していると、それが見えたのかカナデくんは照れくさそうに笑っていた。
 今のままじゃいけないと思ったんだね。ちゃんとユズちゃんと向き合おうと思ったんだね。よく頑張って、高い高い段差をのぼったね。
 今はもう俯いちゃってるから、彼女が今、どんな表情をしているかはわからない。昨日あんなことを言ってはいたけど……でも、今のユズちゃんならまだ――


「……き」


 彼の勇気が、嬉しくないわけない。


「緊急会議が入りましたあーっ!!」

「「ええっ!?」」