「……で。なんですか。まだなんか用があるんですか」
「だ、だから、ヒナタくんっ」
「うん。ちょっと葵ちゃんにね」
「え?」
にっこりと笑ったお兄さんは、「ちょっと休憩もらったんだー」と言いながらわたしの隣の椅子に腰掛ける。
『どぉぉおおりゃぁああ!! 必殺うぅー…………』
……また見始めてしまった。
「あ、あの……」
「葵ちゃんって言うんだね。可愛い名前」
「え。えっと……?」
「ああ、別にストーカーとかしたわけじゃないよ? さっき助けた女の子が、君のことそう呼んでたから」
さすがにストーカーとか犯罪はしないよと。目の前の人の地雷を着々と踏ん付けていくんですけどこの方。
「……えっと。それで、用事……とは?」
これはもう、さっさと用事を済ませてここから退散させてもらおう。そうしよう。きっとやさしいお兄さんのことだから、別に変なこと言ってこな――
「今日の夜とかって空いてる?」
……ハイ??
「もし空いてたら、俺のバイトが終わったあと会って話したいなって」
「この辺はね、知る人ぞ知る恋人のためのスポットがあるんだよ。星がよく見えてね?」うんたらかんたら……と。そ、そんなことを好青年のお兄さんが言ってくるんだけど。
「……えーっと。それっていわゆる」
「うん。ナンパ」
意外とチャラかったあー……。
まあ、そんなことを目の前のお方が黙って聞いてるわけがないですよ。
「行こ。気分悪い」
「あ。う、うん」
立ち上がった苛立ち剥き出しのヒナタくんを追いかけようと、わたしも続いて立ち上がるけど、「待って」とそれをお兄さんに手首を掴まれて止められてしまった。
「勝手に触らないでくれませんか」
それに気付いたヒナタくんの声に、低さが増す。それでも、にこにこと笑うお兄さんには、やっぱりヒナタくんの威嚇も威圧も効いてはいなかった。
「別に君には触ってないし聞いてない」
「彼女に勝手に触られて黙ってられるわけないじゃないですか」
「知らない男から彼女を守れないようじゃ、彼氏として失格なんじゃない?」
「っ……!!」
でも、どうやらもう、本当に我慢の限界らしい。
「行くよ!」
苛立ち剥き出しの彼にグッと肩を引かれると、手首からスルリとお兄さんの手はいとも簡単に離れていった。
「……あ。かき氷食べてください! 口付けていないので!!」
「あんなナンパ野郎ほっとけばいいから!」
それに少し違和感を感じつつも、わたしの体はズルズルと引き摺られ、あっという間に海の家から遠ざかっていく。
「じゃあ葵ちゃん。また夜にね~」
「行きません!!」
爽やかな笑顔で手を振っているお兄さんに、ヒナタくんが完全にキレた。……いやはや。海にはトラブルが付き物ですな。



