そうすると彼は、なぜかほんのり頬を赤くして自分の部屋に帰っていった。「お大事にー……」と、言葉を残して。


(恐らく彼は、勘違いをしていると思われる)


 何をどう勘違いしたのかまではわからなかったけれど、今それどころではありません。
 ヤバいです。ピンチです。もはやこのまま、『視界に入った姿なんか気付かなかった方がよかったんじゃ……』とか、『このままスルーしようかな……?』とか。こんな酷いことを思うくらいにはピンチです。……そんなこと、できるわけありませんけどねっ。


「……っ、ひなたくん……っ!」


 幸い、今この時ばっかりは、空気を読んでくれたフロントさん。さすが老舗。
 いや違う。そんな冗談言ってる場合じゃないんだってっ。


「ひっ、ひな」

 ツ~ン。


「……ひ、ひなた、くん」

 ツ~ン。


「ひなたくん……」

 ツ~ン。


 ……ダメだ。全然目を合わそうともしてくれない。
 あれ? でも待てよ? 一応連絡は入れたし、彼も怒ってはいらしたけど、楽しんでくればと言ったわけですし……いや。違うって。その楽しみをせず、どうしてアイくんと会ってたのかだよ。このアンサーを伝えなければっ!


「ヒナタくん、これにはいろいろとわけが……って。え。ちょ、ちょっと待って……!」


 わけを話そうと彼が座る椅子の横に立つも、同時に彼は椅子から立ち上がって、知らん振りして玄関の方へと歩いて行ってしまう。


『完徹するつもりだったのに、みんな寝ちゃって……』
『い、言いにくいんだけど、ちょっと腹痛でお手洗いまで行ってたのっ』
『そこから部屋に戻ろうとしたらアイくんを見つけて』
『こんな夜遅くに出歩くのは危ないからと思って声かけたの』
『それから話はしたけど、別に大したことじゃなくって』
『あ、アイくんね! もしかしたらミズカさんの跡継ぐかも知れないの!』
『話したのはそれくらいしかしてないよ? それで帰ろうと思ったんだ』


 そんな、言い訳染みた言葉を考えながら彼のあとを追うものの。


『話すことなんてない』
『ついてくるな』


 彼の背中からは、そんな雰囲気が伝わってくる気がして。……ちょっと、近寄るに近寄れなくて。


「……ひ、ひなた、くん……」


 でも今一番自分が言いたいことは、なによりも言わないといけないことは、こんな時間まで彼を待たせてしまっていたことをきちんと謝ることだ。


「にっ、二時間も待たせてごめんなさい……!」