別に変なことを言ったつもりはないわたしの言葉に、なぜか彼は目を見開いて驚いていた。


「……俺なんかいなくても、大丈夫そうじゃん」

「え? とーまさん……?」

「変な意味で取らないで。ただ、真っ直ぐでブレなくて力強くて。……ちょっと、驚いただけだから」

「……?」


 ふっと小さく息をついた彼は、もう目の前まで帰ってきた旅館に目を一度向けた後、またやさしい微笑みを浮かべた。


「何か悩んでるなら、これからも相談に乗りたいし、葵ちゃんの野望のお手伝いをしたいなって思ったけど。それも必要なさそうで、ちょっと残念」

「え?」


 その視線を追いかけると、わたしにも大好きな人の姿が見えた。


「まあ何か困ったことがあれば言いなよ。特にあいつのこととか」

「……はーいっ」

「これからのことは、葵ちゃんなら大丈夫だから。心配要らなさそうだから……」


 ……だから、叶えられるように、頑張ってね。

 ポンポンと。頭を撫でた彼は、その笑顔を残して旅館の中へと消えていった。その入れ違いに。


「ねえ、何かあったの? トーマから《濡れタオル持って来い》って言われたんだけど……」


 それを持って、ヒナタくんが旅館の入り口まできてくれた。


「……雨? 濡れてる。 でも、それだったら濡れタオルよりも乾いたタオルの方がいいんじゃ」

「ううんっ。“雨”には確かに遭ったけど、滅多に経験できなかったから、濡れタオルでおっけー!」

「……やっぱり日本語おかしいよね」

「いやあそれほどでもー」

「褒めてないからね」


「よくわからないけど……」と怪訝な顔をしながらも、やさしいやさしい彼はわたしの頭を濡れタオルで拭いてくれた。


「……ねえ。ほんとに何があったの?」

「わあー! ほかほかだ! あったかいっ」

「夜だから冷えると思って。旅館の人にお願いした」

「おう、それは申し訳ない。あとでお礼を言わねばっ」

「それはいいよ。ちゃんと言っておいたから。それよりも、なんでこんなことになったの? ていうか、なんでちょっとベタベタするの」

「ぅおっと! ヒナタくんお風呂入った!?」

「入ってないよ? 一緒に入る?」

「いやね、ちょっと砂糖水浴びちゃってこんなになってるんだよ! お風呂前でよかったー」

「スルーですか」

「一緒に入りません」

「聞こえてるんじゃん」

「そりゃ、……さすがに距離近いから聞こえます……」

「え? なに? 聞こえなーい」

「いたたたた……! うっ、嘘だ! 絶対聞こえてるくせにっ!」