「朝日向なんか継がずに桐生になってよ葵ちゃん」

「なんかそれ、定番みたいになってますよね嫌です」

「でもでもっ! もう別に関係ないんだよね?」

「前は前でありましたけど、今も大アリですよ海までぶん投げましょうか」


 そしたら思いっ切り顔を引き攣らせるもんだから、おかしくて思い切り噴き出してしまった。


「へっ、変な顔……!」

「だいぶ失礼だね」

「はじめはイケメンの最強魔王様でしたが、今の方が全然いいですっ」

「なにそれ。イケメンじゃないみたいじゃん」

「いえいえ。イケメンさんに変わりはないですけど、空気がはじめの頃に比べてやわらかくなったので」

「そりゃ。初めて会った人に手の内なんて見せないでしょ」

「警戒心強っ」

「まあね。あの頃は、気付かれるわけにはいかなかったからね」

「気付いちゃってごめんなさい?」

「え? ……ははっ。ううん。ありがとうだよ。さっきも言ったけど」


 ほら。また空気が、ふわんってなった。クールでイケメンよりも、わたしはこっちの方が好きだなあ。


「トーマさん。これからのこと、一生懸命考えてくれてありがとうございます」

「そりゃもちろん。恩人ですから。お友達ですから」


「ははっ。そっかそっかー。わたしも、トーマさんのこれから、すっごい応援してます」

「……うん。ありがと」


 すっと細められる目元にすっかり下がった眉尻。


「……? どうかした?」

「ふふ。……いいえ。なんでもないですっ」


 初めて会った時には、こんなやさしい表情をする人だなんて、到底予想もしなかっただろうな。


「トーマさん、さっきの話なんですけど」

「ん?」


 きっと、彼の中では区切りがついていたんだろう。そう言うときょとんとされてしまった。


「あの。……わたし、すごく恵まれてると思うんです」


 もしわたしが普通の、本当に普通の一般人だったら、跡を継ぐとかそんな話はまずない。だから、誰しもができることじゃない。そういうことも、わたしはチャレンジしたいなって思うから。


「葵ちゃん……」


 まだ、どうなるかなんてことはわからない。それでも、選択が狭まる……なんてことは絶対にないと思う。もし、そうなったとしても、そこでできることを考えればいいだけの話だ。そこだからできないことだって、もちろんあるんだから。


「だからわたしは、この先どの道を選んだとしても。自分で幸せ、掴みにいきますよ」