「……どんどん困っちゃいなよっ」
「え」
嬉しそうにそう言ってくる彼女だったけど。さすがに今のには、まともに笑顔で返せないよ。
「前ばっかり進もうと思わなくていいんだよ」
「ん?」
そうして、引き攣った顔の俺に彼女は言う。
「確かに、前に進む道は、行きたいところへの近道かも知れない。でも、左右の道だって今まで歩いてきた道だって、もしかしたら回り道かも知れないけど目的地は一緒かも知れないし、新しい道を発見しちゃうかも知れないよね?」
うん。ちょっとよくわかんない。アオイちゃん語、ヒナくんに教えてもらおうかな。
「でももう大丈夫だ! わたしが、カナデくんの足の裏にくっついていた接着剤を、取ってあげたからな! 純度100%の手強いヤツ!!」
……って。やっぱりよくわからないから、近々アオイちゃん語講習会を開いてもらおう。きっと受講者は多いはず。
「カナデくん、口開けて?」
「え――、……んっ」
さっきの“何”の正体を考えていたら、いきなり口の中に冷たいものが放り込まれた。噛むと、入れられたそれがライチだとわかる。
……なのに、広がったのはさっきまでずーっと、俺の中にいた。ついさっき、ようやく静かになってくれた。強くてやさしい柚子だった。
「きっとこれから、ちゃんと前に進めるよ。自分の足で歩いてみて? 君ならできる」
「……できる、かな」
「ユズちゃんの覚悟も、ちゃんとわかったでしょ? 君は、君のままでいいんだ。それが、……君だから」
「……はは」
やっぱりよくわかんないや。
彼女が言ってるその言葉も。……もう無いはずなのに、香る柚子も。
「君は、思う通りにすればいい。遠慮なんて、申し訳ないなんて、思う方が彼女に失礼だよ?」
思う通りに。遠慮せずに。申し訳ないと思わずに……。
「……アオイちゃんは?」
「え?」
「アオイちゃんのことは?」
「……どーぞ? カナデくんが、思う通りに?」
そう言って、意地悪く笑う彼女はやっぱりズルい。俺が、冗談で言ってるって。冗談じゃない気持ちもないわけじゃないのに、そうやって自信満々に言ってくるんだから。
「俺で遊んでるでしょ、アオイちゃん」
「ユズちゃんとくっついたらいいなーとは思ってる」
「素直でよろしい」
「でも、満更ではないご様子なので?」
「え」
「じゃないと、ずっとくっつかせておかないでしょ? さすがの、女の子が好きなカナデくんでも?」
ふふふ、と笑う彼女に。
「……」
「……?」
――――思考が停止した。



