「……っと。 へいおまち! こっちの嬢ちゃんも可愛いから、千円に負けといてやるよ! 色男!」
「それもう恥ずかしいんでやめてください……」
すっかり肩を落とした彼は、なんとか財布から千円を取り出していた。
「……あ。お兄さん。もう一つスプーンもらえますか?」
「お? もっちろんだ。モテモテだな! 色男!」
「イエ。振られてるんデ」
「おっと。そりゃ悪かったな、色男」
彼の完全に据わっている目に、お兄さんがもうちょっと負けてくれて800円になっていた。
「……えっと。どこか、座る?」
「うん! そうだね!」
それから二人で屋台を離れ、一度旅館への道のりをちらりと見た後、そちらには背を向けて坂を登っていく。
「しんどくない?」
「うん。大丈夫だよ~」
結局、二人でシャーベットを零さないよう突いていたら、なんだかんだ丘の上まで来てしまった。
「俺はもういいよ。あとはアオイちゃんどうぞ」
ありがとうと。彼は、さっさとベンチに腰を掛けた。そうは言っても、結局彼が食べたのは一口二口。座ってしまった彼の隣に腰掛けて、わたしはシャーベットを食べ進める。
……珍しく無言の時間が続く。聞こえてくるのは、海風と波の音とシャーベットを食べる音。ちらりと盗み見ると、風に揺れる真っ暗な海を空を。先程まで彼女が触れていたであろう、左腕に手を掛けながら。彼はただ真っ直ぐ、見つめていた。
「何見てるのー?」
「海ー」
「何見てるのー?」
「空ー」
「何見てるのー?」
「波ー」
「どうしたのー?」
「別にー」
「元気ないねー」
「そうでもないよー」
「シャーベット、美味しくなかったー?」
「美味しかったよー」
「柚子味だったねー」
「そうだねー」
「柚子のシャーベットに、柚子のシロップ天こ盛りだったねー」
「そうだねー」
「わたし柚子好きだなー」
「そうなんだー」
「カナデくんはー?」
「……」
「柚子味は、好きー?」
「……」
「さっき屋台出るとき何見てたのー?」
「……」
「なんで左腕触ってるのー?」
「……」
「黙っちゃったねー」
「……」
「…………」
「…………」
「……お財布あと何円残ってるの?」
「200円」
「え。負けてもらわなかったら所持金0円じゃん!」
「それでも奢りたかったの」
「そっか」
「うん」



