すべての花へそして君へ②


「……っと。 へいおまち! こっちの嬢ちゃんも可愛いから、千円に負けといてやるよ! 色男!」

「それもう恥ずかしいんでやめてください……」


 すっかり肩を落とした彼は、なんとか財布から千円を取り出していた。


「……あ。お兄さん。もう一つスプーンもらえますか?」

「お? もっちろんだ。モテモテだな! 色男!」

「イエ。振られてるんデ」

「おっと。そりゃ悪かったな、色男」


 彼の完全に据わっている目に、お兄さんがもうちょっと負けてくれて800円になっていた。


「……えっと。どこか、座る?」

「うん! そうだね!」


 それから二人で屋台を離れ、一度旅館への道のりをちらりと見た後、そちらには背を向けて坂を登っていく。


「しんどくない?」

「うん。大丈夫だよ~」


 結局、二人でシャーベットを零さないよう突いていたら、なんだかんだ丘の上まで来てしまった。


「俺はもういいよ。あとはアオイちゃんどうぞ」


 ありがとうと。彼は、さっさとベンチに腰を掛けた。そうは言っても、結局彼が食べたのは一口二口。座ってしまった彼の隣に腰掛けて、わたしはシャーベットを食べ進める。
 ……珍しく無言の時間が続く。聞こえてくるのは、海風と波の音とシャーベットを食べる音。ちらりと盗み見ると、風に揺れる真っ暗な海を空を。先程まで彼女が触れていたであろう、左腕に手を掛けながら。彼はただ真っ直ぐ、見つめていた。


「何見てるのー?」

「海ー」

「何見てるのー?」

「空ー」

「何見てるのー?」

「波ー」

「どうしたのー?」

「別にー」

「元気ないねー」

「そうでもないよー」

「シャーベット、美味しくなかったー?」

「美味しかったよー」

「柚子味だったねー」

「そうだねー」

「柚子のシャーベットに、柚子のシロップ天こ盛りだったねー」

「そうだねー」

「わたし柚子好きだなー」

「そうなんだー」

「カナデくんはー?」

「……」

「柚子味は、好きー?」

「……」

「さっき屋台出るとき何見てたのー?」

「……」

「なんで左腕触ってるのー?」

「……」

「黙っちゃったねー」

「……」

「…………」

「…………」

「……お財布あと何円残ってるの?」

「200円」

「え。負けてもらわなかったら所持金0円じゃん!」

「それでも奢りたかったの」

「そっか」

「うん」