――有栖川(ありすがわ)だよ。


「知ってる?」

「し、……知ってるも、何も……」


 ――――そこは、百合の理事を務める名家だ。
 そして、次の百合の理事候補もこの家の人だと……そう、アイくんから聞いた。


「……お、うりくん」

「あ。心配してる? ……大丈夫だよ」


 それは、拾ってくれたとは言わない。どちらかと言えば……。


「まさかそこが拾ってくれると思わなくてさ。吸収って形だったけど、すごくいい人たちばかりだよ」


 話を聞いたところによると、百合ヶ丘高校に至っては理事と、それから一般教師以外の、上の立場の人たちが。百合ヶ丘総合病院に至っては、院長・幹部クラスの人たちが、“あの事件”に関わっていた。残った人たちは、もしかしたら、いい人なのかも知れないけれど。


「自分たちの仕事を見直すきっかけにもなるんじゃないかなって、お父さん言ってた」

「そっか。……うん。それはよかった」


 よく考えたら、こうするのが一番いい手なのかも知れない。
 道明寺の罠にはまり、濡れ衣を着せられ、落ちぶれてしまった氷川。道明寺と手を取り、“上の者たち”はこの件に荷担していた有栖川。
 どちらも、信用に至ってはほぼゼロ。二つの企業が一つとなって、改めてここからリスタートというわけだ。


「うん。……だからね? おれは跡継がなくていいんだ。継ぐ必要がないんだ」


 吸収されたとあれば、その有栖川の跡取りが、今後引っ張っていくことになるのだろう。


「おれはね、お医者さんになりたいんだ」


 そしてそれも、彼を大きく変えた、大きな大きな選択だったのだろう。


「大きな病院で……とかは、思ってないんだ。おれは、小さな町のお医者さんを開いてみたいなって」


 それでもし、おれみたいな子がいたら見つけてあげたいし、助けてあげたい。おれもあーちゃんみたいに、いろんな子を強くしてあげたいんだ。


「オウリくん……」


 自分が経験したことは、いつか未来の糧になる。
 けれど彼の場合は、それがあまりにも酷すぎた。それでも彼は、それを糧にしたいと。……そう言うんだね。


「……やっぱり。大きくなっちゃったな」

「あーちゃん……?」


 すごいなーって、思う。そんなことを考えている彼が。真っ直ぐに、目標を持っている人の姿が。とっても凜々しい。


「……うんっ。絶対になれるよ! わたしの掛かり付けのお医者さんになって欲しい!」

「わーい! そしたらあーちゃんとずっと一緒!」

「一緒一緒! すごーい! そんなに大きな目標があったんだね!」


 にこって笑ってみた。……けど、やっぱり彼には通用しなかった。


「喜んでくれてない? ……違うか。あーちゃんが、悩んでるのかな? 寂しい? 苦しい?」


 人の表情を人一倍見ていた彼が、わたしの変化に気付かないはずがない。ましてやもう、嘘の笑顔なんてつけていないんだから。


「……ううん。オウリくんの未来が聞けて、すごい嬉しい。でも、わたしったらまだ全然決めてなくて。どうしたもんかなーって。今、いろんな人の話を聞いて参考にしようとしてるの」


 隠していてもしょうがない。ちょっとでも彼に聞いてもらおう。